第201話 エリザベス・ヘア式発光器のお披露目


 クルシュ暦368年4月15日――。

 ついにこの日がやってきた。


 昨日夕方にダーケート王国発の荷馬車が到着した。第一便だけでも馬車4台という大量の『竹』が運ばれてきた。

 そうしてすぐさま、その一本がエリザベスの元に届けられた。


 エリザベスはすぐに準備を開始する。英雄王へは翌日ご来訪いただけるかを確認しておいてほしいと、使でやってきたネインリヒに告げた。


 数時間後、もう日はとうに暮れていたが、エリザベスはまだ作業を続けていたところに、改めてネインリヒがやってきて、明日の朝11時に英雄王がここへ来るという連絡を受けた。



 そして、ついに15日の11時過ぎごろに、エリザベスの実験部屋に英雄王が現れた。


 英雄王に追随してきたものは、政務大臣ウェルダート・ハインツフェルト、魔術院院長ニデリック・ヴァン・ヴュルスト、その秘書官ネインリヒ・ヒューランの3人のみだ。たいしてエリザベス側の観覧者は多い。キール一味『学生部』の5人と、ミューラン家からエリックとロジャー親子、クリスを除くエリザベスの研究班の5人だ。


 まあクリストファーと研究班の5人とエリザベスは招いた側だから、カウントしなくてもよいだろうが、つまり、この部屋に全部で、16人がひしめきう形となる。


 実験部屋は教授室ではない別の広めの部屋であるが、そうは言っても中央に『装置』を配置している為決して広くはない。



「あ、電球!」

 アステリッドはその装置の先端についているガラス細工をみて一目でそれだと認識した。まさしく自分が知っている『電球』と酷似しているものだ。


の話を基に私が設計したものだけど、こんな感じでいいでしょ?」

とエリザベスがアステリッドに確認する。


「ええ! 私が知っているものとほとんど変わりません。すごいです!」

とアステリッドは興奮気味に答えた。


 ミリアは、その「電球」にアステリッドが送った賛辞よりも、エリザベス教授がアステリッドのことを『リディー』と呼んだことの方に気をとられた。いつの間にそれほど仲良くなったのだろうか。やはり、「リディー」から聞いたあの洋食屋の一件以来、『女子部』の結束は強くなっているのかもしれない――と余計なことを考える。


「ふむ。で? これから何をしようというのだ? 英雄王も足を運んでおる。要件を早く説明しなさい」

と、政務大臣のウェルダートがやんわりと促す。


「は、閣下。失礼いたしました。それではただいまより、魔法も火も使わない新しい光をお見せいたします――。英雄王様にはどうしてもその目で見ていただきたく、ご来訪をお願いいたしました」

とエリザベスが口上を述べる。


「よい。それより、早く見せてくれ」

英雄王は真剣な顔でその時を心待ちにしているという風だ。


「では、早速見ていただきましょう。――クリス、お願い」

「はい、では、行きます!」


 エリザベスの合図でクリストファーが何やらハンドルをゆっくりと回し始めた。

 部屋に何かが回転するギュンギュンという音が響き渡ると、その装置の先端に取り付けられた『電球』がオレンジ色に発光した。


「わあ! すごいすごい! これですこれですよ!」

アステリッドが堪らずに歓声をあげる。


「なんと――、これは魔法ではないのか?」

とはウェルダートだ。

「お父様、魔法の発現は全く見られません。これは明らかに自然現象ですわ」

とミリアがすぐに否定する。


「院長、これはいったい――?」

「うむ。こんな現象は初めて見ますね。私にもわかりません」


 キールはこの現象を知っていることを直感的に感じていたが、デリウスは初めて見るという風な感じで目を丸くしている。

「キール君はこの現象を知っているのかい?」

と、デリウスがキールにささやいた。

「ええ、知っているような気がします――。教授は知らないのですか?」

「ああ、私の記憶にある光は松明たいまつ篝火かがりびのような炎を利用したものだ。こんな光は知らない――」

とデリウスは答えた。


「まだまだ、ここから先があります。――クリス、!」

「はい、では遠慮なく!」


――おおおおお!

 

 と、声を上げて、クリストファーがさらに勢いよく装置のハンドルを回し始めた。



「な、なんと! 光の色が! 変わったぞ!?」

「ううむ! これだけ明るければ、充分に灯火ともしびとして利用できるな――」

と、ウェルダートと英雄王がいち早く反応する。


「いや、ちょっと待ってください! なんか焦げ臭くありませんか? ――あ!」

とネインリヒが声を発した瞬間だった。


 電球はぱぁっと最後の光を上げて光を失った。

 電球内には一瞬小さな炎が上がりそして完全にその火も消えた。



「――以上です。現時点でのこの『白熱電球』にはまだまだ問題が多いです。しかし、今後の改良によって、もっと長時間輝き続けるものが作成できると確信しています」

 エリザベスはそう言って皆の反応を見る。研究班の専門家たち5人も固唾をのんで英雄王の反応を見ている。



「――でかした……。エリザベスよ、よくやった。俺はいま新しい世界の扉が開くのを見たぞ。実にあっぱれである。今後のそなたの研究を支えるために新しい部署を国政機関に加える必要があるな。――ウェルダート、任せたぞ?」

「は、仰せのままに」


「あ、ありがとうございます、陛下! 陛下のご期待に添えて何よりです。私は陛下のそのお顔が拝見できてとても嬉しく思っております」

とエリザベスも応えた。


 皆が英雄王の表情を見ると、英雄王が涙を流しているのが分かった。


「く、はははは! 俺も随分と歳を食ったようだ。こういうものに心を動かされるとはな――。エリザベスよ、いいものを見せてもらった。お前の今後の活躍、期待しておるぞ?」

 英雄王はそう言って、笑った。

 キールとミリアがあの日見た、誘われの森を踏破した時にこの王が見せたのと同じかそれ以上の満面の笑みだった。

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