第199話 エリザベス教授の研究班(1)


 英雄王一行がダーケートへ向かっている間、エリザベスと、クリストファーは準備を整えることに終始した。

 英雄王の言葉を信じ、自身は自身のできることをただ粛々と進めていくのみだ。



 『コイル』が『電流』というものを生み出すということはアステリッドの口から聞いたが、エリザベスはそもそもそう言った分野については専門ではない。


 しかし、この時代、いや、この世界に「科学者」は存在していない。

 ある意味近い存在と言えば魔術師になるのかもしれないが、魔術師とは魔力という特殊な力を現象化する能力を持つものを指す。これは自然現象ではない。


 自然現象を利用するものと言えば、大工だろうか。例えば、風の力や水の力を利用し、風車や水車を回す。そういった建築物を建てるのが彼らの仕事だ。もしくは、鍛冶工や織物工などもそうかもしれない。


 いずれにせよ、その「電流」なるものを扱うものなど当然ながらどこにもいない。


 エリザベスはとりあえずのところ、職人ギルドの門を叩いた。

 いわゆる「絡繰からくり」と呼ばれる類のものを製作している職人を紹介してもらうことにしたのだ。


 エリザベスの元に職人たちが集まったのは、ちょうど英雄王たちがメストリルを出立した直後のことだった。


 鍛冶職人のカーン・レコン、糸巻いとまき機械製作職人のオリビエ・ホウスト、鉱物商のリンド・ゲベック、大工のウェンダル・ノイ、ガラス職人のエイラ・グラジ。

 総勢5人の専門家たちは、まずはこの「コイル」を現在手に入る素材を使って再現するところから始めることになった。

 それと同時に、「電球」の製作にもかかることにする。アステリッドの話をもとにしたエリザベスなりに設計した「白熱電球の設計図」をもとに、鍛冶職人のカーンとガラス職人のエイラにそれを作ってもらうことにした。

 そうしてコイルの筒状の部分に「棒磁石」を出し入れする装置の考案を、糸巻機械職人のオリビエと、大工のウェンダルにお願いした。


 コイルの糸状の導線の素材はすぐに判明した。鍛冶職人のカーンがすぐさま見抜いたのだ。

 そして、それに鉱物商のリンドも同意する。この周囲に渦巻き状にぐるぐるとまかれている金属製の糸の素材は、「銅」だという。銅を糸状に加工したものをコイル本体のつつに巻き付けているのだろうということで意見が一致した。


「これならすぐ作れるぜ。ただ、このつつの部分はちょっと見ない素材だなぁ」

とは鍛冶職人のカーンだ。

「そうですね、私もいろいろな素材を扱っておりますが、このような素材は初めて目にします。木でも金属でもないようですね。なんと言うか固いろうのようなもの、でしょうか?」

と言ったのは鉱物商のリンドだ。


「それについてだけど、どうやらそれは「プラスチック」というものらしいわ。だけど残念ながらこの世界ではその素材は使用されていないとのことよ」


 これはエリザベスがアステリッドから得た情報だ。


 実際、アステリッドはこの世界において「プラスチック」を見かけたことがないということに愕然がくぜんとしていた。彼女の前世の記憶の世界では、それが日常生活に欠かせない素材であったのに、この世界には全く存在してなくても自分もこれまで不自由を感じたことがないという事実を再認識させられる。

 そう考えると、やはり「プラスチック」という素材は人類の生活にとって必要不可欠とは言えない素材なのかもしれないとアステリッドは驚いていたのだ。


「だから、別の素材で代用するしかないわね――」



 こうして、エリザベス・ヘア教授率いる研究班がようやく動き出したのだった。



 英雄王がメストリルへ戻る予定となっているのは4月の8日ごろだと聞いている。うまく事が運べば、エリザベスの元に『竹』がもたらされるのは、4月の中頃だろう。それまでにある程度「形」を作っておく必要がある。


 期間は3週間~1カ月ほどしかない。


 とりあえず、5日後に試作品を持って再集結するということで、決定した。




 5日後――、3月の20日のことだ。


 まずはコイルの方がある程度「形」になった。カーンによって、銅製の金属糸はすぐに用意できた。問題のコイル本体の筒の方だが、取り敢えずのところガラス職人のエイラに厚めのガラス地で筒状のものを作成してもらった。問題は耐熱性と、衝撃に弱いという事だが、まず第一段階としては「形」を作ることが先決だ。


 そういう意味では及第点と言えるものが出来上がった。


 次に「白熱電球」の方だが、ガラスのおおい部分と中にはめ込む電線部分の大まかな形は出来たが、はたしてこれで大丈夫なのかは今のところ不明だ。しかし、アステリッドの言っていた「電球」というものがエリザベスの考えているものだとすれば、要は、導線を伝う電流が流れにくくすれば用を足すはずだ。強度の問題は在るにせよ、理論的にはそれでいけるはずだということになった。


 最後に、棒磁石を出ししれする機械については、糸巻機械職人のオリビエと大工のウェンダルがいい仕事をしてくれた。

 糸巻機の回転運動を、風車や水車の要領で、前後運動に切り替える「ギア」の仕組みをうまく利用し、ハンドルを回すと棒磁石が前後運動する仕組みを作り上げてくれた。

 ただ、それぞれの大きさに統一性が無かったため、試作型コイルと、試作型棒磁石運動器はサイズが合わず、再度大きさ調整が必要になった。


 そしてさらに5日後、それぞれの形にしたものにさらに強度という部分について改良できるところは改良し、再び持ち寄ることで話がまとまった。 

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