第198話 英雄王の読み


 クルシュ歴368年4月10日――。


 英雄王のもとにようやく一通の書簡が届いた。


 差出人は、ダーケート王国冒険者ギルドとなっている。おそらく支部長のカイゼルからだろう。

 英雄王はその書簡を開き目を通すと、にやりと笑った。



 数分後、政務大臣ウェルダート・ハインツフェルト公爵を呼び寄せた英雄王は、


「4日か5日後には荷物が届くことになった。ウェルダートよ、受け入れの準備を進めておいてくれ」


と告げた。


「――荷物とは、『竹』のことでございますな?」

と、ウェルダートが応じる。


「ああ、初便は手紙を送った3日後に発つと報せがあった。つまり、荷馬車の速度から見て遅くともそのぐらいには着くだろう」

そう言って英雄王は満足げな様子だ。

「2便以降はまた随時出立の際に報せるとある。かなりの量になるぞ? それなりの広さを用意しておけよ?」

と付け加えた。


 結局、話はそれほど難航せずすんなりまとまったということをカイゼルは知らせてきた。

 さすがにダーケート王国自身、まさか森ごと獲得されるとは考えてもいなかったが、結果的に自国の戦力を削がずに誘われの森の支配を魔物から取り返すことが出来たのだ。この先の『竹』による利益と、奪還に掛かるはずだった兵士の身体あるいは命、さらにはそれらの経費を考えれば、3割の割譲などさしたる影響はないと考えたのだろう。

 なにより、今後は森を囲む壁に多数の兵士を配備する必要はなくなったのだ。おそらくのところ、今後魔物の出現ポイントが現れたとしても、早い段階で駆除してゆけば、それほどの脅威にふくれ上がることはない。また、その駆除に関しても冒険者ギルドが定期的に警戒活動を行うことで話が付いた。

 まさしく願ったりかなったりだ。

 

 カイゼルは、今回の依頼を受けた冒険者たちの名をダーケート王国に告げたという。さすがに『英雄王リヒャエル』と『疾風リシャール』の名を耳にすると、事を荒立てる気をがれたようだったらしい。むしろ、その『英雄王』の冒険にダーケートの地が選ばれたことを誇らしく思うとさえ言ったという。


 カイゼルいわく、まあおそらく貴殿の死後にでも記念碑を立てて観光名所にでも仕立て上げ、観光客収入インバウンドでも狙うつもりだろう、ということだった。


 さらに、『疾風リシャール』のいるシェーランネル王国はダーケート王国からは目と鼻の先に位置する国である。そんな近隣国の国家魔術院、しかも、三大魔術師の気分を害する勇気など持ち合わせてもいない。


 そうして、結果的に、今後『竹』の生産量の2割は今回の依頼の報酬ということで『英雄王リヒャエル』へ渡すことに合意し、また、1割は今後の警戒活動の報酬にてるということで冒険者ギルドへ渡すことで話はまとまったということだ。

 

 ただし、一つ条件が付与された。

 原材料としての『竹』の価格はダーケート基準に従ってほしいということだ。その代わり、輸送費はダーケートが一切を負うとした。


 これについては当然の条件と言えるだろう。『竹』の流通が盛んになり、メストリルやダーケートの冒険者ギルド発の『竹』が、原産国ダーケート発よりも安いとなれば、原産国ダーケートの『竹』は売れなくなってしまうことは容易に想像できる。

 この点、カイゼルは条件を飲むことを承諾したとも報告してきた。それにしても、輸送費をダーケート王国が負担するというのはかなりの好条件だ。


「おかげで、ここまでの輸送費を考える必要がなくなった。カイゼルのやつ、うまくやってくれたわ――」

と、英雄王は笑った。


「ええ、非常に良い条件ですな。少しやりすぎかとも思われますが――?」

と、ウェルダートは正直ダーケート王国が少し哀れに思えてきたが、

「なあに、結局のところ、伐採作業や植林作業、それに警戒活動にしても冒険者ギルドや職人ギルドに丸投げするんだ。そうしたとして、そのぐらいの負担があってもダーケートには充分に利益が残る計算だ。問題ないだろう」

と英雄王が一笑に付した。


 それほどに『竹』の輸出による国庫への恩恵は大きいのだろう。


「ところで、その竹ですが、いかがなさるおつもりです?」

ウェルダートが言っているのは、エリザベス・ヘア教授にどの程度供与するかということだ。


「とりあえずのところ、完全に丸投げしておいて構わない。ダーケートもカイゼルも竹を売り出すことしか考えてないだろうが、俺はエリザベスの研究に期待している。あいつの研究が成功すれば、原料として売り出すより製品化して売り出した方が10倍以上儲かるはずだ。俺はそれを待つことにするさ」

英雄王の見ているものはやはり一歩も二歩も先のようだ。


(さあて、必要なものは用意してやったぞ、エリザベス。俺の生きているうちに新しい景色を見せてくれよ――)

 英雄王は新たな時代の幕開けが訪れる日を余生を過ごしながらじっくりと待つつもりだった。

 

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