第197話 新しい春のはじまり


 クルシュ歴368年4月7日――。


 ミリアとキールは一週間遅れの新学期を迎えていた。


 本来の新学期の開始は4月の1日だ。しかし、二人は半強制的に国王のに同行させられていたため、優遇措置が取られており、この6日間はいわゆる、扱いとされている。


 の多い文章になることは申し訳なく思うが、実際のところどの言葉も「含み」があることは否めない。ここは敢えてこのように表現させていただくとする。


 しかしながら優遇されているというのはあくまでも欠席扱いにならないというだけで、単位を保証するものではない。本来この時期は2週間ほどかかってカリキュラム作成をする時期であるが、キールにとっては非常にきつい1週間を迎えることになる。

 通常の半分の期間でカリキュラム作成を行わなくてはならないからだ。


「あ~、ミリアはズルいよ。ほとんどもう決まっちゃってるんでしょ?」

「ええ、私はもう3年までで必要単位数はクリアしているから。4年は自分の取りたい授業を取るだけでいいもの。もし仮に落第点でも問題なく卒業はできるからね」

「しかも、去年度の後期試験は全部免除で単位確定だったんでしょ? ちょっと優遇されすぎじゃないか?」

「何言ってるのよ、それはあんたも同じでしょ」


 などとむくれるキールと、余裕の表情のミリアがアステリッドの目前でやり合っている。


 「なんか――、ちょっと距離感が近くなってませんか? もしかして、私の知らない間に何か進展があったとか、ないですよね?」

と、二人の様子を見てアステリッドが探りを入れる。


「はぁ!? な、何もないわよ! そんな暇もなかったし――」

「ってことは、暇があればと思っていたってことですよね? 本当に何もなかったんですかぁ?」

というやり取りをミリアとアステリッドがやっている横で、


「ぐぇ~~、これどうすんだよ~~。ミリア~、ちょっとぐらい相談に乗ってくれてもいいんじゃない? どれが試験が楽だとか、出席しなくても単位が取れるとか、そんな情報ぐらいくれもいいでしょ?」


 と、キールは二人のやり取りなど聞いている余裕がない風だ。


「そんなもの、あるわけないでしょ!? もう3年なんだから、はいらないんでしょ? 興味のある授業を順に取ればいいじゃない!」


 大学を経験されている方ならご存じのことだが、大学の講義には大きく2種類がある。「パンキョー」と呼ばれる一般教養という項目に類する講義と、「専門」と呼ばれる学部や学科特有の講義の2種類だ。

 通常、2年次ぐらいまでにこの「パンキョー」の大部分を受講し単位を獲得する必要がある。

 メストリル王立大学では2年次までに「パンキョー」の必要単位数を獲得していなければ3年にすすむことが出来ない方針を取っている。


「ミリアぐらいの成績ならそれでもいいだろうけど、僕みたいな底辺ていへんにはそれがかつことがあるんだよ? そんなに簡単に好き嫌いだけで選べないよ~」


 もちろん単位獲得には試験に合格しなければならない。ミリア・ハインツフェルトは入学以来ずっと学年主席の成績を維持し続けている。どのタイミングでそんなに勉強してるのかと過去にキールは聞いたことがあるのだが、キールには異次元過ぎた回答でなんの参考にもならなかったのを覚えている。


 ミリアはこう言った。


『へ? 勉強? それってのこと? は一応教科書を読んでおくわね。でもそれだけよ?』


 いやいやいや、「予習」が勉強とはキールを初め、おそらく大部分の学生たちは思いもしないだろう。

 キールたち普通の学生にとっての勉強とは、「試験勉強」を意味するはずだ。もしくは、授業後の「復習」かもしれない。


 むしろ、「予習」など、必要でなければやらない学生が大多数だろう。


 しかしこの超絶天才は、「試験勉強」でも「復習」でもなく、「予習のことか」と言う始末だ。

 しかもその言葉の雰囲気から、「予習すら勉強とは思っていない」感じを受ける。


 この言葉を聞いたキールはさらに突っ込んで聞く勇気を失ったのだった。


(ミリアにとっての「勉強」は、講義を受けている間に行われるものなのだろう――。講師の話を聞きながら疑問に感じたところが無いかとメモを取り、講義後にすぐさまその疑問について講師と議論を交わす。そうして即座に吸収してゆくのだ――)


『恐ろしい――。これが天才というものなのか――』

と、キールは震え上がったほどだ。



「ほら、さっさと選んでしまいなさいよ。今日はリディーがこの間行ってきたというお店に行く予定なんだから――」

「そうですよ、キールさん。どうせどれを選んでもんですから、適当にでもして決めたらいいじゃないですか?」


 「指折り」とはこの国独特の選択方法で、適当な呪文のような言葉をうたいながら指さしたり指を折ったりして選択する方法だ。日本でいうところの、「神様の言うとおり」というやつだ。


「ん~~~~! 今日はやめ! 明日にする!」

ついにキールは思考放棄に出る。

 まあ、カリキュラムの提出まではまだ時間があるにはあるから、今決める必要は特にないと言えばないのだが――。


「まあ、いいんじゃない? 明日でも。今日やっても明日やってもキールさんにとってみればたいして変わりはないでしょうし――」

とは、ここまでのやり取りを余裕の表情で達観していたクリストファーだ。


「だよね? ほらクリストファーも明日にするって言ってるから――」

「いえ、僕はもう提出済みですよ――」


 キールはここでようやく思い出す。そう言えば「天才」だったということを――。




 結局のところ時間いっぱい粘ってあーでもないこーでもないとやっていたが、せいぜい3割ほど決定した程度で今日は時間切れとなる。



 4人はその後慌てて、あの小さな洋食屋に駆け込んだのだった。

 もちろん注文内容は、「蜂蜜パンケーキホイップのせ」4つだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る