第196話 おいしいかわいいは正義


「「「わあ! かわいい~!」」」


 3人は口をそろえて叫んだ。


 そうして互いに目を合わせると少しおかしくなって吹き出す。



 テーブルの上に運ばれてきた、3つの「蜂蜜パンケーキホイップのせ」は、やや大きめの一枚プレートに、それぞれ3枚のパンケーキが載せられている。


 パンケーキの厚みがやや厚く、大きさは手のひら大ほどだ。3枚は扇形に重ねて並べられ、その3枚のおうぎかなめのあたりに、ドンとたっぷりのホイップクリームが添えられている。


 ホイップには色とりどりのベリーがちりばめられており、おそらくこれもベリーだろうと思われる赤紫色のソースがかけられている。そして、そのソースと共に、黄金色こがねいろのとろりとした蜂蜜がふんだんに重ね掛けされていた。アクセントに緑色の小さな2枚葉が添えられていて、いろどりも美しい。


「と、とにかく、頂きましょう!」

アステリッドはたまらず提案する。先ほどから腹の虫がものすごい主張を繰り返している。


「ええ、とにかく、まずは一口――、ん~~~~! おいしぃ~~~~!」

早速、エリザベスが一口頬張ると、すぐさま感嘆の声を上げる。


「わぁ! 本当においしぃ~~! なんですかこの抜群の相性!」

アステリッドも呼応する。


「これは――! この蜂蜜は、もしかして――」

ルドが慌ててメニューを取り、開いて何やら確認をする。

「あ! やっぱり! ケルニバチのローヤルハニーだわ!」


「なんなんです? その、って?」

アステリッドが聞き違えたのを聞いて、エリザベスがくすっと笑う。


「ケルバチ、よ。南方の国ケルニヒルクスの固有蜂で濃厚な蜂蜜を作ることで有名な種よ――」

と、エリザベス。

「そう、そうだよ! 特にこのローヤルハニーはその中でも特に糖度が高くって、甘いんだよ?」

とはルドだ。


「ほう、ご存じとは。なかなかのですね、あなた。どうやらアステリッドさんとは顔見知りのようですが……」

「何をおっしゃる、そちらもなかなかのではないですか……?」


 二人はやや見合って、視線をバチバチとぶつけ合っている。

 アステリッドはこの二人って相性どうなの? と、心配になったが、どうやら取り越し苦労だったようだ。


「まあ、そんなことはどうでもいいじゃない? とにかくおいしい、かわいいは正義よ――」

「ですよね~。それには私も異論はないわ――」

と、また一口頬張る。


「あ、ははは――。お二人がこういう場所に興味がおありとは驚きました――」


「「どうして(よ)?」」

エリザベスとルドがハモって答える。


「あ、いえ、なんと言うかイメージというか――?」

「まあなぁ。ジルベルトとか一緒に来れないしな? あいつ、雰囲気悪いからな――。あいつと一緒にいると私もそうだと思われがちになるんだよな――」

とはルドだ。

「私もさすがにいい年してこんなかわいらしい店に一人で行くなんて、さすがにちょっと気が引けるというか、ほら、やっぱり恥ずかしいじゃない?」

と、エリザベスが続く。


「い、いえお二人とも全然大丈夫ですよ! そんなこと気にしなくても全然いいと思いますよ? 私でよかったらいつでもご一緒しますから――」


「「ほんとうに!?」」


 二人の食いつきが半端ない。アステリッドはやや引き気味に「ええ」と答えたが、思わず言ってしまったさっきの言葉を撤回した方がいいかと一瞬迷うほどだ。



 それから3人は数分もかからず3枚のパンケーキをぺろりと平らげてしまう。甘いものを食べた後はやはり少し口の中を落ち着かせたい気分になる。


「あ、わたし、紅茶でも頂こうかしら。二人もどう? ここは年長者として紅茶はおごらせていただくわ? ここの、ロイヤルピーチティが結構好評なんだって、学生たちが話してるのを聞いたのよ」

と、エリザベスが提案する。


「え? いいんですか、頂いちゃって。じゃあ、遠慮なく頂きます!」

アステリッドはこういうところは素直である。

「でも、たまたま一緒になっただけでおごっていただくのもなぁ」

と、ルドは慎重だ。


「大丈夫ですよ、ルドさん。この方王立大の教授ですし、遠慮はりませんよ? そんなこと気にするような性格じゃないですから――」

とアステリッドは何気に失礼なことを言っている。

「まあ、ね。むしろごあいさつ代わりに今日は私におごらせて? 次はまた何か頂くとするわ?」

とエリザベスも促した。


「そうか? じゃあ、今日は頂くわ。でも、次は私がおごりますからね?」

とルドも折れた。



 そのあと3人はロイヤルピーチティの甘くさわやかな香りと清々しい口当たりでこのランチタイムを締めくくった。


「エリザベス・ヘアよ。さっきアステリッドが少し紹介してくれたけど、王立大の考古学教授をしているわ。よろしければいつでも私の部屋を訪ねてちょうだい――」

と言って、エリザベスは隣に座るボーイッシュな女性に自己紹介をした。


「ルド・ハイファだよ。いまはキール・ヴァイスに世話になって、ジェノワーズ商会の相談役をやっている。困ったことがあったらルイの娼館へいつでも来てくれ。もちろん客として来てくれても歓迎するよ?」

とルドも応じた。


「ああ、あなたもキール・ヴァイスがらみなのね?」

「というそちらもですよね? なんでも古い遺跡の調査をしているとか……」


「まあまあまあ、ここはキールさんは抜きでいいじゃないですか。どうせあの人、こんなお店にはついて来てくれませんしね? これからは3人で、いろんな可愛い店巡り、しましょう!」


「いいわね!」

「ああ、それには賛成だ」

「へへへ、キール一味『隠密女子部』、結成ですね!?」


「なんだよそれ?」

「ふふふ、まあ、何でもいいわ」

二人もまんざらでもなさそうだった。


 こうしてアステリッドの1年目の大学生活は終わりを告げた。

 あと数日後には、またカリキュラム作成の忙しい日々が訪れることだろう。

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