第195話 奇遇ですね?


 アステリッドが店内に入ると、中はかなりの盛況の様子だった。

 見渡す限り、空いているテーブルは見当たらない。


(昼時だしね――、それに新しいお店ってやっぱりワクワクするから、みんな来るんだろうね)


 さすがに間が悪かったか、席が空くまで待つか日を改めるかしなければならないかと思ったところで、一組がテーブルから立ち上がるのが見えた。


「お勘定を――」


という声が聞こえてくる。どうやらうまい具合に席が空きそうだ。


 せっかく店に入ったのだから、少し待ってみるかとアステリッドは心を決めて、待合場所らしき所で待機する。


 やがて、店員の一人が気が付いて、声をかけてくれた。


「いらっしゃいませ~。おひとりさまですか~?」


 かわいらしいフリル付きのワンピースを着て腰エプロン姿の自分とそう変わらない年頃の女性店員が近づいてくると、


「もう少々お待ちください、すぐにお席ご用意できると思いますので――」

と言って忙しそうに奥へと戻ってゆく。


「はい――」

と返したものの、その女性店員は聞いている余裕はなさそうだ。


(これだけお客さんがいたらまあ仕方ないか――)

そう思い、アステリッドはそのままその場で待機をつづける。


 玄関や建物の造りから、それほど大きな店だとは思っていなかったが、やはり席数もそんなに多くなく、店内はこじんまりとしていて、すこしキャパオーバーな気がする。

 しかし、内装の意匠はかなり凝っていて、一つ一つの小物や、椅子やテーブルの大きさなど、どれもこのお店の造りにあわせてやや小さめなものが選ばれている。

 天井の高さもやや低いか。


(かわいいなぁ~。これは女の子には人気が出そうね――)


 見るとお客さんの9割以上が女性ばかりで、男性は、一人か二人しか見当たらない。


「お待たせいたしました~。こちらへどうぞ~」


 先ほどの女性店員がアステリッドに声をかける。

 アステリッドは促されるままにその席へ着いた。


 やはり思った通り、テーブルも椅子も少し小さい。でも、座り心地は全く問題ない。むしろ座ると、この店内の天井の低さも気にならないぐらいで、これはまた格別な世界観が広がっている。先ほどは気が付かなかったが、その天井近くには棚が施されていて、何やら缶やらビンやらが転がされている。座って眺めるからこそ気が付く具合だ。


(へぇ、おもしろい~。あの缶やビンって、ここで使ってる食材のかな――)


 見渡していると、さっきの店員さんがお水を運んできてくれた。メニューも1部、抱えている。店員はメニューを渡し、お決まりになりましたらと決まり文句を言うとすぐまた玄関の方へ向かった。ちょうど新しいお客さんが入って来たからだ。


(また、女の人――。やっぱり女性客中心になるよね~)


などと思っていたところ、もう一人また入ってくるのが見えた。


(また来た――でも、もう席がないよね?)


 店員はその二人の女性客に頭を下げお待ちいただくようにと願い出ている風だった。


「あ、あの――!」

アステリッドはその女性店員に向かって声を上げた。


「は、はい! ただいま――」

女性店員が注文が決まったと思ったのか慌てて引き返してくると、

「はい! お待たせいたしました! ご注文がお決まりですか?」

と問うてくる。


「あ、いえ、もしよかったらその、私、一人なんで、こちらの席、どうかな? って――」

そう言ってアステリッドはテーブルを挟んだ向こう側の二つの席を差し示した。


「あ、ありがとうございます! でも、いいんですか? 相席ってことですよね?」

「ええ、私はかまいませんよ。あちらのお二人がよろしければ――」

そう言って入り口で待っている二人の女性客の方を示す。


「はい! もちろんです! お聞きしてきますね?」

「ええ、どうぞ――」


 店員さんはたたたっと入口の方へ向かい、二人に向かって今の話を持ち掛けてくれたようだ。


 しかし、二人の風貌はやや不思議な恰好だった。

 一人はいわゆる作業帽キャップというものを深めにかぶり黒ずくめの筒袖にズボン、もう一人は真っ黒な大きめの色付き眼鏡をつけており顔の半分以上が隠れている。


 ふたりは店員の話を聞くと、互いに顔を見合わせ、こくりとうなずいた。どうやら話はまとまったようだ。



 やがて、店員に案内され、アステリッドの前の席に腰を下ろすと、ぺこりと頭を下げる。


(あれ? この二人――どこかで――)


 アステリッドはその二人に見覚えがあるような気がした。




「あ――、もしかして、教授? それに、ルドさん?」

アステリッドが二人にそう尋ねる。


「アステリッドさん、こんにちは――」

と、教授と呼ばれた方の女性が大きめのサングラスを外して応える。

「私の名前、よく覚えてたな――」

と、もう一人の作業帽キャップの女性が答える。


 二人の方はすでにアステリッドと気が付いていたようすだった。その二人はまさしく、エリザベス・ヘア教授とルド・ハイファだった。



「えっと――、どうしてそんな恰好――」

とアステリッドが聞き返そうとしたとき、ちょうど先程の店員さんが二つのお水とメニューを持ってきて、

「では、ご注文がお決まりになりましたら――」

と決まり文句を言おうと試みる。


 しかしその文句は最後まで言わせてもらえなかった。


「「「はい! もう決まってます。蜂蜜パンケーキホイップのせで!」」」

と、3人が同時に応えたからだった。

 


  

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