第193話 勝利の美酒


「なんか、最後の方、俺、影薄くね?」

レンジャー系冒険者のティット・デバイアが頬を膨らませながら言った。

「なにを、むくれておる。そもそもお前の役割は戦闘が本分ではないだろうが。お前はお前の仕事をちゃんとこなしていただろう?」

と英雄王が言葉を返す。


「たとえば?」

「そうだな、例えば、出現ポイントを見つけるとか――」

「あんなに分かり易いものみんな見えてたよな?」

「あ! あと、道順とか――」

「ほぼ一本道じゃないか、迷うとこあった?」


「あーもう! うるさいわ! と、に、か、く! ようやった! それでいいだろ!?」

「なんだかな~」


「いえ、ティットさんの活躍はそこじゃないですよ。魔物どもの襲撃タイミングの察知とか、地形的な位置取りだとか、なんと言うか、ものすごく大事なところをみんなが自然にやれるように誘導してくれてましたよね?」

と、キールが助け舟を出した。


 それを聞いたティットは、急に表情が明るくなる。


「おう、おう! キール、分かってるじゃねぇか! そうだよ、そう言う事だよ! やっぱ、分かる奴にはわかるってもんだよな、俺のようなもんの仕事はよぉ!」

「なんだと!? 俺にはわからねぇって聞こえたぞ!?」

ティットの言葉に英雄王が反応する。


「わかってねぇだろ? 結局最後の最後まで俺のおかげでどれだけ危機から逃れてるかわかって無かったじゃねぇか!」

ティットも負けじと返す。


「おいお前ら、最後までそれかよ!? ったく、いい加減に成長しろよ?」

レイモンドが言葉を挟む。

「レイモンドさん、無理ですよ。この二人がこうでなくちゃ、我々のパーティらしくありませんから。むしろ、お互いがお互いのことを認め合って肩でも組んで居ようものなら、私気持ちが悪くて、ゆっくりお酒飲んでられないですから――」

とはキューエルだ。


「ふん! お前らこそ最後までわかってねぇなァ! それをまとめる俺の苦労をよォ!」


 終始こんな感じで文句を言い合っている。この4人はたぶんこれまでもこうしてきたのだろう。


「かっかっか、まあなんでもいいや、とにかく無事に終わったってことだ――。仕事が終わって、酒が飲める。俺はそれだけで充分だ――」

レイモンドがそう言ってジョッキをぐいと飲みほした。


「ええ、出来れば、あの人もここにいてくれればと思いますが――。まあ言っても仕方がないことですしね――」

キューエルが少し物憂げな表情を見せる。


「ふん! あやつのことは言うな! あやつはあやつなりに考えがあってのことだ。それに今はこちらから連絡は出来んしな」

と英雄王が応じる。

「まあ、そのうちふらりとやってくるだろう――。それより、リシャール、そなたの活躍、誠に見事であった。さすがは三大魔術師とうたわれるほどよ。一人の冒険者として感服したぞ」


 いきなり話を振られた形になったリシャールだったが、なんだかイメージと違って、座って行儀よく酒を飲んでいた。

 キールのイメージ的にはもう少し、座り方をする人だと思っていたから正直驚いている。


「あら、こちらこそ英雄王に認められるとは誠に光栄ですわ。私も冒険者としてのが上がるというものです――」

と答えたのを、隣のベアトリスがすぐに突っ込む。

「ええ、全くです。これにて冒険者はにして頂きます。かの英雄王に認められる以上の栄誉はありませんでしょう。もう充分、リシャール・キースワイズはお働きになられたようです。この先は公務に戻ってその格をさらに高めてくださいませんと」

と皮肉る。


 キールはそんな皆を眺めつつ、「あの人」とか「あやつ」と言われた人物のことが気になった。

 キールの予想では「その人」はおそらく魔術師のはずだ。

 今回初参加した形になったキールとミリア、それにリシャールを除けば、このパーティに欠落しているものがある。


 ――魔術師だ。


 たしかにこの4人であれば魔術師がいなくとも充分な戦力であろうが、これだけのパーティに魔術師がいないという事の方が考えにくいことだ。

 とすれば、このパーティに一人で入ってそれなりに働けるとなると、それは相当な実力を持つ魔術師であるにちがいない。


(いったい、どんな魔術師なのだろう――)


 しかし、今日のところは「その人」のことを聞くタイミングはなさそうだ。

 皆、笑い合いながら酒を酌み交わし、勝利の美酒に酔いしれている。


 横にいるミリアの方に目をやると、ミリアはその向こうに座る英雄王に頭をクシャクシャとさすられ、恥ずかしそうに、しかし、とても嬉しそうに笑っていた。


 あの一時の思いつめたような表情はもう微塵も伺えない。

 彼女もまた成長したのだろう。

 

 翻って考えてみる。さあ、自分はどうだったか。

 この冒険で自分は何か成長できたのだろうか。


 自分ではよく分からない。

 だが、確かな充実感と心地よい疲労感に包まれていることだけは感じていた。

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