第191話 賢さと潔さ


「がっはっはっは! 愉快、愉快だ!」


 英雄王は上機嫌だった。

 今日のそれぞれのメンバーの動きは最高だった。リシャールの加入がさらに戦力を上げたのは間違いのないことだが、それよりも新人ルーキーどもの活躍ぶりの見事さに感服しているといった風だった。


 キール・ヴァイス。こいつはとんでもない魔術師の卵だ。まだまだ粗削りでミスも多い。しかしそれを補って余りあるほどの状況判断能力と反応速度の高さがある。

 『稀代の魔術師』と言われる将来が透けて見えるような片鱗を英雄王は確かに見ている。一つ残念なのは、おそらくそうなる未来に自分が立ち会えないことだろう。しかし、この冒険は自身の最後であると同時に、キールの門出の一歩になるということを誇りにさえ思っていた。


 それ以上に、だ。


 ミリア・ハインツフェルト。

 この負けず嫌いなお嬢はすこし「頭がよすぎる」ところが見受けられた。もちろん賢さは何よりも重要なファクターであることは疑いようがないし、冒険者にせよ、為政者にせよ、役人であるにせよ、この「能力」なくしては、『至上』とは呼ばれはしないだろう。

 だが、これが彼女のそれこそ欠点であることに英雄王は早々に気が付いていた。

 長所が翻って短所になるという典型例のようなものだ。

 その賢さが数手先の読みを可能にし、「」を理解し、を為そうと行動する。


 実はそこに『罠』が待っている。


 がわかるものは、「そうであるべきだ」、「そうでなければならない」と、却って自身の幅を狭める結果を生む。そしてに及ばなかったとき、自身のふがいなさを責め、焦る。実はに自身が届かなかったのが、自分自身の能力とは全く無関係な外的要因であったとしても、それを予期できなかった自身の「無能」をやはり攻めてしまうのだ。

 そして、焦りはミスを生み、遅れが生まれ、賢いがゆえにそのことに気付きまた焦る。負のスパイラルへ飲み込まれてゆくのだ。


 今日はそれが見られなかった。

 

『ただ自分ができる最善を尽くす。結果は考えない。仲間に迷惑が掛かろうが気にしない。そうだ、自分にはこれしかできないのだから――』


 いさぎよさ――。


 これは賢さに勝る唯一の財産だ。


 素直に現在の自分を受け入れ、ただ全力を尽くす。そうすることが結局仲間を助けることに直結する。


 リシャールはそれを体現していた。

 そもそも彼女は今日から合流した最新メンバーだ。そう、キールやミリアよりも英雄王パーティとしては新人である。だから彼女は今日、連携などは考えず自身ができる全力を余すところなく発揮した。

 それがあの活躍へ繋がるということを示してくれた。

 リヒャエルがミリアに伝えたかったことを、まさしく彼女の目の前で実践して見せてくれたのだ。


「ミリアよ、今日のお前はいさぎよさがあった。昨日までのお前にはなかったものだ。人は必ず不完全なものなのだ。真円ではないのだ。そのことを受け入れることが賢いものに勝つ唯一の方法だ。よく覚えておくがいい――」

「リヒャエルさま、私は――、お役に立てていたのでしょうか――?」

 英雄王はジョッキを揺らしながら、隣に掛けているミリアにそっと耳打ちをした。それに対してミリアは今の言葉を返す。


「お前が全力を尽くせばそれは必ずまわりの者の助けとなる。それはパーティメンバー全員がそうだ。今日のリシャールがまさしくそうだ。彼女が周りとの連携を考えていたように見えたか? もしそう思うなら、あとで『疾風』に聞いてみるがよい。お前の聞きたかった答えが返ってくるだろう」

そう言って英雄王は柔らかく微笑んだ。




「ふうん、なるほどねぇ~。やっぱり、わたし、本気であの方に惚れちゃうかも?」

リシャールはちゃぷちゃぷと湯を肩や腕に掛けながらそう言った。


「え? それってどういう?」


「ふふふ、ほらミリア、それがあなたの悪い癖よ、そしてあなたの長所でもある――」

「考えすぎなんですよ――。そんな言葉に意味などあるはずありません。ただそう感じた――それだけのことです」

リシャールがミリアに返す言葉にベアトリスがかぶせてきた。


「まあね~、意味がないってところまでは行かないにしても、ベアトリスのいう事は正しいわね。さすがに私の懐刀ふところがたなってとこね」

「はあ――」

ミリアにはやはりまだよくわからない。


 リシャールはミリアの問いかけに結局こう答えただけだった。


『わたしはただ私のすべてを出し惜しみなくさらけ出しただけ――。あとはのよ。今日の私の活躍が素晴らしいと思えたのなら、それはたぶんあなたもんじゃないかしら――』


 


 ミリアは自室に戻った後、今日の英雄王リヒャエル疾風リシャールの言葉を反芻してみたが、やはりまだピンと来ていない。

 ベアトリスは、ただ一言、考えすぎだと言った。何かに直面した時、人はその何かが何であるのか考えるものではないのか? しかしそれが却って邪魔になっている?

 確かに今日のミリアはただただ必死だった。はっきり言って、今日の自分がどんな行動をしていたのか何の魔法を使っていたのかほとんど記憶にないのだ。

 でも、英雄王は昨日とは打って変わって饒舌じょうぜつだった。たくさん話をしてくれた。私に言葉をかけてくださった。


 そうなのだろう、今日の私は「素晴らしかった」のだ。

 明日も必死にやろう。ただ目の前の状況にどう対応するか、それだけを考えてひたすらに実直に――。ミスを恐れるな、それが今の自分なのだ。それを受け入れるのだ――。




 そして、夜が明ける。

 クルシュ歴368年3月28日、誘われの森奪還作戦の6日目がやってくる。

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