第188話 突然訪れるもの(1)


 誘われの森の探索ははじめこそ、キールとミリアが不慣れだったせいもあって、なかなか思うように進まなかった。


 しかし、二日目、三日目と日を追うごとに二人と英雄王パーティの間にも連携が生まれてきだし、予定の日数の半分を終えたところで、進捗は3分の1と言ったところだった。


「かっはっはっは! 愉快だ愉快だ! やはり引退を先延ばしにしようかと、後ろ髪を引かれるわ!」


 英雄王は上機嫌だった。


 一行は3日目の行程を終え、宿舎に帰って風呂を浴び、遅めの夕飯を頂きながら、酒をあおっている。


「しかし、リヒャエル! こいつら本当に初のパーティ参加なのか? とても初心者とは思えん腕前だが――。こいつらいったい何者だよ?」

と言ったのは重戦士系盾役のレイモンド・バーンスタインだ。

「まったく、もう少し手間取るかと思ったが、なんのなんの、この二人なら既にシルバークラスはいけるだろうよ。おまえら、いっそのことこのまま冒険者になっちまわねえか?」

とは、レンジャー系軽戦士のティット・デバイアだった。


 ミリアとキールの二人は互いに顔を見合わせて驚いていた。


 まさかこんな風に褒めてもらえるとは思っていなかった。さすがに歴戦の冒険者4人と共に探索にあたっていることもあって、この3日間、特に危険な状況に追い込まれるようなことはなかった。ただ二人は後方から指示にあわせて基本術式の魔法を打ち出していたにすぎないと思っていたからだ。


「ミリア、キール。二人は自分たちは指示に従って魔法を打っていただけだとでも思っていたのでしょう?」

と、図星をついてきたのはいつもは司祭帽をかぶっているキューエル・ファインだった。


「は、はい、私はそう思っていました――。違うのですか?」

ミリアが正直に答えると、キールも、同じだと同意する。


「いえ、確かになのです。ですが、指示を出しているのは『暴風』リヒャエル・バーンズその人です。リヒャエル様の指示に遅れずついてゆくことがどれほど難しく大変なことか――。それをあなた方はまるで意に介さないように、至極当然しごくとうぜんに完遂しているのですよ。これは大変高度な技術が必要なことです。それを、経験がないあなた方二人はたった3日目でもう完璧にこなしている。これは普通に誇ってもいいことなのですよ?」


 二人は再度顔を見合わせて、少し照れたように笑顔をこぼした。


「まあ、少しは加減してはいるがな? だが、詠唱の速度、正確さは大したものだ。さすがはあのニデリックが買っているだけのことはある。特にミリア、おまえの詠唱速度とその命中度の高さは俺がこれまでにパーティに加えた魔術師の中でも5本の指に入ると言ってよい。充分誇りに思ってよいぞ? キールは――、まあ、まだまだ粗削りだが、勘がいい。魔術の練度はまだミリアの方が上のようだが、基本術式にまだ慣れていないだけだろう。それよりも、勘だ。敵の行動予測や自身の危険察知に関する感覚が鋭いな。これは冒険者にとってなかなかに磨けない分野の能力だ。それをこの少ない経験の中でここまでやり遂げている。これも素晴らしい能力だぞ? 俺が言うんだから間違いないだろう? がっはっは」

と、いいながらまた次のジョッキを一気にけた。


 二人は自分たちでもこのパーティの役に立っているのだと、改めて自信を持つに至った。



 ところがだ――。


 4日目は様相が変わってきた。


 リヒャエルの指示についていけないことが出てきている。

 ミリアはあせった。

 昨日の夜褒められたところで自身の心に甘えが出てきたのかもしれないと思い、再度気を引き締めた。

 

(何をやってるの、ミリア? 昨日褒められたことで気を抜いたりしてないでしょうね? 集中よ、集中。大丈夫、できるわ、できるはずよ、たぶん――、でもできないと、どうなるの? いえ、やらないといけないのよ、しっかりしなさい!)


 午後に入ってからもミリアの調子は上がらなかった。かたやキールはミヒャエルの指示に辛うじて食らいついているように見える。

 ミリアは、疑心暗鬼におちいっていった。


(初めの3日は結局あわせてただけ? 本当は全く役に立ってない? どころか足手まといになってる? だから、自信をつけさせるためにあえて? 本当は全然できていなかったんじゃ――?)


 ミリアの頭の中には余計な感情が入り乱れ、何かにつけても反応が遅れているのが自分自身でもはっきりとわかっている。だが、取り戻そうとあがけばあがくほど泥沼に落ちてゆくようだった。


 こうして4日目の行程は予定の8割程度しか進まず終えることになる。

 

 英雄王パーティに残された時間は長くてもあと3ということになった。

 予定では6日間で踏破するはずだったのだが、一応予備日を一日設けてはいる。それを入れてあと3だ。


 誘われの森から宿舎に戻るまでの間、ミリアは一言も口を開かなかった。

 パーティのメンバーも特に何も言わない。

 せめて、責めるか、どうしてダメなのか言ってくれれば何かしら答えが見えるかもしれないのに――。


 結局、宿舎に帰るまで、パーティメンバーの誰も、ミリアに声をかけることはなかった。

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