第187話 英雄王の目的


 翌朝一行は目的の「誘われの森」へと向かった。

 聞いてはいたがこれは大変な工事だったろう。


 誘われの森は今や延々と続く高さ5メートルの壁に周囲をぐるりと囲まれている。

 その壁の総距離は約10キロにも及ぶという。その壁のところどころに門が設置され、その上にはやぐらが設営されている。森からはぐれて外周へやってくる魔物どもを発見し撃退するためだ。


 「誘われの森」の広さは直径にして約2~3キロほどの範囲になる。

 この森の中には複数の魔物出現ポイントがあるとみられている。


 実はこの世界に現れる魔物がどこから来るのか、全く見当がついていないわけではない。


 世界各地には魔物の出現ポイントと呼ばれる、X点が存在する。しかし、その数はすでに世界各地に広範にわたり、一つ一つを特定して破壊して行くという事は出来ない程の数になっている。

 「誘われの森」の中も例外ではない。おそらくいくつもの出現ポイントが存在していることだろう。



「しかしなぁ、半径1キロ程度の決められた区域だ。しらみつぶしに行けば、出来ないこともないかもしれん」

「ですが、暴風リヒャエル殿、これまで王国兵団が何度も挑戦して結局退却を余儀よぎなくされているんですよ? なかなか簡単には行きませんでしょう?」

「まあ、簡単ではないかもしれんが、それはやって無かっただけのことだしな――。しかも今回のパーティはこれまででおそらくだ。必ずやり遂げて見せるさ。バルガス、また一つ『暴風』の英雄譚を積み上げて見せようぞ」


 とは昨日のギルド支部長バルガスと英雄王リヒャエルのやり取りの一部である。


 今回の英雄王の冒険の目的はもちろん『竹』であるが、それは「必要なだけの数」というわけではない。


 実は、初めからだった。


 英雄王はこれがおそらく自身最後の冒険になるだろうと予感していた。これまで現役を公言し続けてきたのは、踏ん切りがつかなかったという事が一番の理由だ。


 ところがここへきて、エリザベス・ヘア教授から『竹』の話が出た。英雄王はこれはいい機会だと心を決めた。


(俺の引退の花向けにちょうどいいではないか――)


 現在『竹』は、誘われの森の進入禁止区域指定を受け、世界から忘れ去られるほどの希少素材になってしまっている。その原因は、誘われの森の各地に出現ポイントが現れ、採集と植林ができなくなったからだ。

 つまり、この出現ポイントを破壊し尽くして、もう一度管理可能な状況に戻せば再度、採集と植林を再開できるというわけだ。


 英雄王リヒャエル・バーンズは今回の冒険の目的を、「誘われの森」内の魔物出現ポイントの完全駆逐とはじめから決めていた。

 つまり、『竹』は報酬だ。


 冒険者ギルド支部長バルガスと相談した内容とは、ダーケート王国から冒険者ギルドへ、「竹の採集――報酬は獲得した竹の2割」という内容の採集依頼を取り付けることだった。

 あとの8割は冒険者ギルドが1割、7割が王国という事で話が付いたらしい。


「ギルドが1割ってのは少し少なすぎないか?」

とリヒャエルはバルガスに言ったが、

「まあ、構いませんよ。何せあなたのですからね? 今後1ギルドの所有になって、2割はあなたの所有になる。1割もあれば充分ギルドの設備投資に充てられるってもんです」

とバルガスは一笑に付したものだ。おそらくのところ、絶対に取り付けるために少々割を食ってくれただろうことは明らかだ。


 王国の方は、まさか誘われの森ごと「獲得」されるとは考えていないだろう。場合によっては後で話が違うなどと言ってくるかもしれないが、今回の契約が有効な以上、まったく反故ほごにするという事はいくら一国の王であろうが無理な話だ。これを反故にするようなことがあれば王国の信用は失墜し、冒険者ギルドと相関関係にあるあらゆる商人、職人、魔術師ギルドからの支援を受けられなくなることも考えられるからだ。せいぜい、割合の再設定というところが妥当なところだろう。




「――というわけでだ」

英雄王が誘われの森を囲む門を入ったところで一同に向き直って言った。

「これからこの『暴風』リヒャエル・バーンズ最後の依頼となる! 一同には全力を尽くし、本依頼達成のため死力を尽くすことを要請する! よいか! 目的は森の中の魔物出現ポイントを一つ残らず破壊し、森の覇権を再度人間の元へ取り戻すことだ! 一同! 参るぞ!」



 こうして誘われの森奪還作戦が始まった。








 

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