第186話 ダーケートでの初めての夜
カイゼルは渋い顔をしていた。
英雄王の相談というものが、かなり面倒な話だったからだろう。
今回の英雄王一行の目的は『竹』の入手だという。
もちろんカイゼルはこの植物が超希少種であり、現在は入手不可となっていることを知っている。
入手不可の理由は、この植物が「誘われの森」にしか生息していない上に、その森は今は魔物の巣窟となっていて、ダーケート王国が周囲を囲む形の砦を築いてこれを監視しているからである。
つまり、この森へ侵入するにはダーケート王国の許可が必要という事なのだ。
この状況になって以来、冒険者が誘われの森へ侵入した前例はない。ダーケート王国が固く門を閉じているためだ。
「しかし、そのせいでダーケートは特産品の『竹』の輸出が数年前に皆無になり、現在は貿易赤字に転落しておる――。そこを突くんだよ」
とは英雄王の案だ。
冒険者ギルドからこの俺、『英雄王』リヒャエル・バーンズに依頼するという形をとって、『竹』を誘われの森から伐採してくると言うのはどうだ、というのだ。
たしかにアダマンタイト級冒険者というのは世界に指折るほどしか存在していない超希少かつ超強力冒険者である。その戦力は王国兵士一個大隊に比肩すると言われるほどだ。
そのアダマンタイト級冒険者が率いるパーティなら、『竹』を入手してくることは可能かもしれない。
「持ち帰った分の8割は冒険者ギルドにくれてやる。それをいくらの割合でギルドと王国で割るかの差配はお前に任せる。どうだ? 悪い話ではないだろう?」
と英雄王は言った。
「8割ですと!? そんなにもらっては貴殿の取り分が少なすぎるのではありませんか? ほんとうにそれでよいのですか?」
とカイゼルが目を丸くした。
「なあに、割合だからな。分母が大きくなれば俺らには充分な量となる。それに、今後も『竹』はしばらく
と、にやりと笑った。
「そ、それはもしかして――」
「ほう、察しがいいな、カイゼルよ。そのつもりだ」
「なんてこった。さすが『暴風』殿、考えることが大きすぎてついていけねぇ。――いや、この話、ギルドにとっても大きい話になる。分かった。国王に掛け合ってみましょう」
そうしてその日の夕方には王国から許可が下り、予定通り明日から誘われの森への探索が開始されることになった。
――――――
ダーケートの宿に指定したのは、4階建ての荘厳な旅館だった。
ネインリヒの手配である。
おそらくのところ、これから一週間ほど滞在することになるだろうから、設備が充実している旅館を手配しなければならなかった。
毎日冒険から帰ってきてもすぐに疲れを回復させ、翌日には完全に回復した状態で朝を迎えられるようにするためだ。
今回の旅行は遊興が目的ではない。あくまでも、毎日の『探索』が主たる目的だ。そして、一週間でこれをやり切らねばならない。さすがの英雄王も、酒の量はお控えになるだろう。それよりも、安定して栄養が補給できる料理を仕出せることと、体の疲れを癒す設備として、『温泉』と『体調管理士』が常設されていることを重視して選ばれた宿だった。「体調管理士」というのはいわゆるマッサージ師だと思ってもらえばよい。
早速一行はこの旅館へチェックインし、明日以降の『探索』に備えることになった。
「ふへぇ~。きもちいい~」
「がはは、お前はマッサージなど不要だろうが!? 若いのだからそれほど肩もこらんだろう!?」
今二人は二つの施術台の上に並んで横になっている。キールと英雄王の二人だ。他のみんなはおそらく湯につかっているのだろう。
「いやいや、英雄王さま。やはり学生ですからね、どうしたって運動不足になるんですよ。一週間も馬車に揺られてきたから、さすがに体がバキバキですよ?」
「こら、英雄王様はやめい。リヒャエルでよい。聞いたこ
「では、リヒャエル様――。本当にやるおつもりなんですか? できるもんですかね?」
「ん? おお、「出来るか」、ではないのだ小僧。こう言う事は「出来るか出来ないか」ではなく、「やるかやらぬか」という話なのだ」
「つまり、出来るという事ですよね?」
「ちがうわ! やる、のだ」
「だから――」
「ああ、もうよい! 明日からその意味をたっぷりと体で感じさせてやるから楽しみにしておれ! ――それよりキールよ、このあと少し付き合え。あいつらはまだ湯から上がってそのあとマッサージを受けるだろうから、一足先にいくぞ?」
「いくって、どこにです?」
「それは行ってからのお楽しみというものだ――。黙ってついてこい」
「はぁ――」
この後キールは3回も吐くほど飲みに付き合わされることになる。皆が探し当てたころにはすでに英雄王もその場に崩れており、キールは完全に前後不覚の状態になっていた。
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