第184話 『暴風』の二つ名


 クルシュ歴368年3月22日――。

 一行はダーケート王国に到着した。


 ここまで来るとさすがの英雄王も、わけではない。まあこの英雄王自身冒険に出るのは数年ぶりだから、もちろんそこらの冒険者たちには馴染みがない。


 大仰おおぎょうな大型馬車から7人が降り立つのをこの国の人たちは何事かといぶかしむ。


 英雄王はかまわずこの国の冒険者ギルドへと向かう。

 ダーケートに来ること自体、十数年ぶりだが、冒険者ギルドの庁舎などは大抵移動しないものだ。

 古い記憶を頼りに歩いてゆくと、やはり思った通りの場所に今も存在していた。


 周囲の好奇の視線にさらされながらも英雄王は悠々とギルドの扉を開くと、つかつかと正面の受付カウンターへまっすぐ向かう。



「おいおい、爺さんがこんなところに何の用だ? 装備だけは一丁前のようだが、まさか依頼を受けに来たわけじゃねぇよなぁ――」

と、冒険者の一人が絡んでくる。

 風貌的に見てもいかにもそういう事を楽しんでやりそうなやつという感じがする。


「ちょ、あなた――! 失礼じゃない―――の?」

ミリアがさすがに割って入ろうとしたが、その前にその男は遠く壁の方まで吹っ飛ばされていた。


「ぐ、ぐぐぐ……ぐ……」

そううめいたかと思うとそのまま気を失ってしまった。


「なに? 何が起きたの?」

とミリアが叫んだが、その肩をバーンスタインがぽんぽんと2度叩いてこう言った。

「リヒャエルが肘打ちを当てたのさ――。あいかわらず、やりやがるなぁ」


「て、てめえ!」

「おい!」

「いきなりなにすんだよ!」

と、3人の冒険者が英雄王を取り囲んだ。おそらく気を失った冒険者の仲間か何かだろう。


「あ、助けないと、囲まれてる――」

「なあに、問題ないでしょう。私たちはとばっちりを食わないように下がってましょう――」

ミリアの声に今度は司祭帽のキューエルが返し、一同へ向かって右手を伸ばし下がるように合図する。


「ふん、全くいつから冒険者はならず者になったんだ? 俺のころはもっと、高貴な意識を持ってたもんだがなぁ?」

英雄王が取り囲んだ3人をねめつけて言い放つ。


「うるせぇ!」

「このじじい!」

「後悔するぞ!」


 まあなんともありがちな展開ではあるが、キールも全く意に介していない。

 キールがによれば、『英雄王』リヒャエル・バーンズとは、あくまでも今のリヒャエル・バーンズに付いた呼称で、冒険者時代の彼のものではないという。

 冒険者時代の彼の二つ名は、『暴風』――。

 吹き荒れたら最後、周囲のものを根こそぎへし折ってしまうという逸話からつけられたものらしい。

 冒険者のクラスは最高位のアダマンタイト級――。まさしくトップオブトップスの超高位冒険者だということだ。

 そんな人が幾ら老いたとはいえ、そこらの冒険者にやられるはずはないと思っていたからだ。


「しかし、悪くはない。こういうのがまさしく冒険者の世界よ! キール! ミリア! 本物の冒険者とはどういうものかをこれから見せてやる! よく見ておけ!」


「舐めるなァ――!」

と、3人のうち一人が腕を振り上げた瞬間だった。


 3人はそれぞれ別の方向へ向かって吹っ飛ばされる。

 一人は床に3、4回バウンドしてカウンターの真ん前に、一人は床をまるで雑巾がけのように滑って正面右の壁際まで、そしてもう一人は大きく宙を舞って、ホールの左の床の上に投げ出された。――まさしく一瞬。


「ふん、口ほどにもない奴らだ。もう少し修練せんと、生きて帰れんぞ?」

と、当の英雄王は余裕綽々よゆうしゃくしゃくだった。



「――まさか、そんな! おい、あんた! 『暴風』リヒャエル殿か!」

ホールの奥の方からしゃがれた声がすると、がたいのいい初老の男が現れた 


「『暴風』――? そんな二つ名の冒険者は聞いたことがないぞ?」

「いったい何者なんだ、あの爺さん――」

そんなささやきが周囲から聞こえる。


「なつかしいのぅ。カイゼル、『荒熊』カイゼル、まだここの支部長であったか!?」

「ああ! これはこれは、『英雄王』ともあろうお方がこんな辺境までおいでになるとは――。まさかまたお目に掛かれるとは思っていませんでしたよ!」


 そう言って二人は固く握手を交わす。


「すまぬな。来る早々、派手に騒がせてしまったわ」

「何をおっしゃる、こいつらにはちょうどいい薬ですよ。さすがにあんたに喧嘩を売ったってのは『馬鹿』か『英雄』かといじられるでしょうがな、がはは」


「カイゼル、相談がある。すこし時間を貰ってもよいか?」

「何を改まって。もちろんですよ、どうぞ奥の部屋で話を聞きましょう。――おい、そこの寝てるやつを手当てしてやれ! 俺は今からこの方と話があるからな」


 そう言って、カイゼルはギルドの職員や周囲の冒険者へ手当てを命じた。それから一同はカイゼルに案内されて奥の応接室へと通された。


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