第182話 漆黒のネーラ


 ミリアもキールに習って精神を集中してみた。

 確かに、何かしら共鳴音のようなものが聞こえる。


 ――ィン、リィ――ン、と断続的に鳴る音に意識を集中してゆくと、やがて一つの小箱から聞こえてくるものと理解した。


 私は――、


「それ、その棚の上から2つ目――」


ミリアが静かに告げる。


 老婆はまた短杖を振った。その箱はミリアの手にもたらされた。


「開けてみよ――」

 老婆が静かに許可を出す。


 ミリアはその小箱の蓋をゆっくりと開けた。


「――これは――」

ミリアがその箱の中身を見て、一瞬戸惑う。


「ミリアさん! これ、すごいです! とても魔力を感じますよ!?」

アステリッドも興奮気味だ。


「グナーデ・デア・エルデ、『大地の恵み』――か。これはまた、偉いものに呼ばれたのう。嬢、こいつを使いこなす覚悟はあるか? こいつは紛れもない超魔導具じゃぞ?」


 ミリアは箱の中をみて固まっている。しかし表情は柔らかく落ち着いている様子だ。

 箱の中には新緑色の短杖が一本収められていた。


「わたし、なんていうか、この子に呼ばれてる気がする。僕を外の世界へ連れて行ってと、そう言ってる気がする――」


「ふふふ、杖の声を聞く――か。面白い。おまえもなかなかに将来有望だ。まあいいだろう、持ってゆくがよい」

と老婆が言った。

「あ、ありがとうございます――」

「どうして礼を言う?」

「あ、そう、ですね。でも、なんだかそう言うのが一番適切な気がして――」


「さっきも言ったが、そいつは正真正銘の超魔導具じゃ。使いこなせねば己に返ってくることを肝に命じよ、よいな?」

「はい、頑張ります!」


 それからローブを一式、ブーツを1足それぞれ見繕ってもらった。そもそも魔術師の装備とはそういうものだ。重い鎧や甲冑などを身に付けていては動きが鈍くなるうえに、魔力集中に支障をきたす。

 基本的に後衛になる魔術師は、軽装備ですぐに後退でき、態勢を立て直せるほうが都合がよい。

 身を固めるよりも魔力を集中できるよう魔導具を纏う方が結果的にパーティ全体の戦力の底上げになるのだ。


「まあ、これでええじゃろう。あやつのパーティはなかなかに過酷じゃからの。わしもかなり苦労したわ――」


「え? 英雄王の冒険に付き添っておられたんですか?」

ミリアが驚いて聞き返す。


「ったく、あのニデリック坊やは何も告げないでお前たちをここによこしたようさね。わしの名は、ネーラ・ホウルという。魔術師であれば一度は聞いた名であろう?」


――ネーラ・ホウル。またの名を漆黒の魔術師ネーラ。英雄王のパーティにあって国士無双と言われた超魔術師。錬成は「3」、クラスは「上位」。しかし、その者が現役だったのは、もう20年以上も前のことで、その後、最後の魔術師に席を譲ったという。つまり、ネーラは最後から2番目という事になる。


「ね、ネーラ・ホウル――! 漆黒の――」

アステリッドが大声を上げそうになる。

「こら、コルティーレの娘! それ以上言うと、口を開かなくする魔術を掛けるぞ!」

「――うぐ、うぐぐ」

アステリッドは懸命にこらえる。


「あ、あなた様が?」

ミリアも驚いて口をあんぐり開けている。


「ったく、久しぶりにリヒャエルが魔術師をパーティに加えるから見てくれと言うからどんなやつらかと思っておったが――。まあええじゃろう、合格じゃ。帰ってリヒャエルにそう告げるがよい。「私たちは合格だそうです」とな」




――――――


 そこから2カ月の間、ミリアとキールは大学の授業の最終盤に追われながらも魔法の訓練に明け暮れることになった。もちろんアステリッドも巻き添えを食らっている。


 、ダーケート王国へ行っている間はちょうど年度末試験の真っ最中となる。これに関しては国王権限に基づいて『優遇措置』が取られることになっているため、試験を後日受けるなどという面倒なことはしなくてよいらしい。

 つまりは、『試験の免除=自動的に合格』ということだそうだ。国王権限とは実に都合がよい。

 しかし、受けれなかった講義を再度行ってくれるわけではないから、そこは自身で何とかせよ、ということだった。とはいえ、3月中旬と言えばもうほとんどの講義は終わっており、聞き逃したとしても大した数ではない。それほど問題にはならないだろう――。



 こうして、2か月後、クルシュ暦368年3月15日がやってきた。

 英雄王とその一行は馬車を駆り、ダーケート王国へと向かった。

 ダーケートまでは片道7日程だ。

  

 王城のものたちはこの期間英雄王失くして国を守らねばならないと、気を引き締めていたが、ニデリックだけは違う心情でこの一行を見送っていた。


(さあ、キール・ヴァイス。お前の力を見せてもらいましょうか――)

ニデリックはようやくキールの本性が垣間見えるという事で武者震いをしている。


――素質だけの素人魔術師なのか、はたまた稀代の大魔術師なのか。


 それがこの冒険で明らかになることだろう。


 キールがこれまで立ち会ってきた相手は、確かに歴戦の魔術師たちだったかもしれない。しかし、対魔物となれば話が変わってくる。相手は「言葉が通じない」ものどもだ。つまり、キールが使う精神系の魔法はほぼ役に立たないだろう。

 そうなった時、結局勝敗を分けるのは、「的確な詠唱、精密な命中力」。つまり、出来る限り速く、出来る限り正確に相手を撃ち抜くことが何よりも重要になる。

 これは一朝一夕に身につくものではない。長く鍛錬を積んで獲得するものだからだ。

 

 この点、ミリア・ハインツフェルトは申し分ない。英雄王にも言ったが、今や彼女に比肩する魔術師はメストリル国家魔術院の中にもそうそう居ない。

 しかし、キール・ヴァイスはどうだろうか。


 それが一月ひとつきもせずに明らかになるのだ。

 





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