第181話 魔導具専門店と『星屑』のタクト


 ――国家魔術院から支度金を用意してある。ミリア・ハインツフェルト、キール・ヴァイスの両名は、魔導具専門店『樫の杖オーク・スタッフ』で、旅用の装備を整えるよう。


 ミリアとキールの元に命令書が発せられた。

 つまり、自分用の装備を一式揃えるため、その店に赴けという事らしい。

 

「さすが王様、気前がいいよね――」

「まあ、さすがに帯同するのに普段着ってわけにもいかないでしょう? 私たちって対魔物装備なんて持ってないんだから」


 ミリアとキールのやり取りをアステリッドもなぜか隣で聞いている。


「いいなぁ。『樫の杖』って高級魔導具専門店なんですよ? 私なんか絶対に手が届きませんよぉ」

アステリッドが頬を膨らませている。


「でも、なんか、怪しい店だよね、ここ――」

とキールが零す。


 店はメストリーデ城下町の大通りから入った奥の奥にひっそりと建っていた。

 今3人はその『樫の杖オーク・スタッフ』の店先に到着したところだ。店の構えからして、相当に胡散臭うさんくさい雰囲気が漂っている。

 入り口は固く閉ざされ、雰囲気をかもし出している。おそらくここを訪れる冒険者など、そう多くはないのだろう。


「な、何を言ってるのよ? 大丈夫、のはず、よ? 魔術院からの紹介状もちゃんと持ってきてるし――」

ミリアは言いながらもやや不安そうだ。

「さ、さあ、いくわよ!」


 そう言って店の入り口の扉を開け放った。


 店内は薄暗く、なんだかわけのわからない道具が並んでいる。棚は天井まで届きそうなぐらい高く、そこにはたくさんの小箱がぎっしりと積み重ねられている。

 正面に目を閉じた老婆の形をした像が置いてあるが、店主の姿は見えない。


「――すいませ~ん。魔術院の紹介できたものなんですが、どなたかおいでになりませんか~?」

ミリアが恐る恐る声をかけたが、しばらく待っても反応がない。

「あの~、どなたかおいでになりませんか~?」


――さっきからここにいるじゃろう。


 と、いきなり3人の目の前から声がした。


「ん? え? ええ!? 置物がしゃべった?」

アステリッドが驚いて声を上げる。


「誰が置物じゃ! ちゃんと生きておるわい!」


「あ、ああ。全然気づきませんでした――。ミリア・ハインツフェルトと申します。国家魔術院の――」


「ふん! 何度も言わんでええわ! ニデリックの紹介できたんじゃろう! お前がミリアか? そしてその後ろにいる優男やさおとこがキールじゃな? どうしてもう一人おるのかは知らんが、お前も魔術師か?」


「は、はい! アステリッド・コルティーレと申します!」

とアステリッドはまるでお尻をぶたれたように直立して名乗った。


「コルティーレ? ほう、男爵家の娘か。そうか、お前が――」

「え? 私のことをご存じなのですか?」


「いや、今はまだじゃないわ――。それで? 英雄王に帯同するための装備、じゃったな――。周りを見渡して自身で選ぶがよい。金額は気にせんでええ。英雄王に請求するからの――」

老婆はそう言うとまた目を閉じてしまった。


(『その時』ってなんのことだろう――?)

と、3人は思ったのだが、なんとなく尋ねにくい雰囲気だ。

 

 本当にそうしているとまるで生きている人間のようには見えないのだが、老婆はそれ以上語るつもりはないようだ。


「あ、はは――。じゃ、じゃあお言葉に甘えて選んでみますね――」

とミリアが返したが、何をどう選んでよいのか全く分からない。


「ミリア……、何が要るんだろう?」

とキールも勝手がわからない。

「そんなこと、私にわかるわけないでしょう? と、とにかく選ぶのよ!」

そんな二人の小声での掛け合いを聞いていないのか、聞こえてるが無視しているのかよくわからないが、老婆は相変わらず目を瞑ったままだ。


 ミリアが仕方なく、店内を見回して傍にあるものに手を伸ばそうとしたその時だった。


「ばかもん! 手あたり次第触って何がわかるか! 魔導具を選ぶとはそういうものじゃないわ!」

ミリアは慌てて伸ばした手を引っ込める。

「す、すいません!」

弾かれたようにミリアが謝罪する。


「ったく素人が! 魔導具とは心で選ぶもんじゃ。全気力と魔力を集中して魔導具の声を聞け!」


「魔道具の声――?」


「あ、ああ、なんか音が聞こえる――。ミリア、耳を澄ましてみてよ? 僕には何か聞こえるよ?」

キールはそう言うと目を閉じて集中し始めた。


 キールの魔力が集中とともに高まってゆくのが二人にも感じ取れる。しかし、さすがキール・ヴァイスだ。この高密度の魔力は早々お目にかかれるものではない。


「ほう――、久しく見ん程の魔力じゃな。小僧、面白いぞ?」

と老婆がキールの様子を見て言った。


「――ん、えーと――。そこだ! その棚の上から三つ目の箱!」


「なるほど、確かに面白い素質を持っておるな――。これじゃな? 箱を開けてみるがよい――」

と老婆は言ったが、もちろん手を伸ばしてその箱を取りはしない。右手に持つ短杖たんじょうを一振りすると、その箱がキールの腕の中へともたらされた。


 キールは恐る恐るその箱を開けてみる。


「杖だ――」


 その箱の中には漆黒の短杖が収められていた。よく見ると黒の中にきらめく粒子が見て取れる。


「『シュテルネン・シュタオフ』――。星屑ほしくず――か。うむ、今のお前にはちょうどええじゃろう――」


「星屑?」


「そのままちりで終わるか、はたまた星雲となり皆を包むか。先が楽しみじゃな――」



 キールはこの時、今後数年間の間相棒となる短杖タクトに出会ったのだった。


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