第178話 召集令状


 キールの部屋に召集令状が届いたのは、クルシュ歴368年の1月3日のことだった。期日は1月6日正午とある。


 差出人は国家魔術院と国王リヒャエル・バーンズの連名である。

 つまりこれは「王命」を示している。


 もちろん平民であるキールに、この招集に応じる義務はない。だが、さすがにこの国に住んでいて、その国の領主たる国王の命に背いたとなれば、後々いろいろと面倒なことになりかねないのもまた事実だ。

 そうして、さらに律儀なことに、召集の対象はキールとミリアの二人になっている。


(これじゃあ、断ることは出来ないよね?)


 つまりは、必ず参集せよという脅しである。


 ミリア・ハインフェルトが一緒に召集される理由は単純なことだ。キールの後見人がミリアとなっているからだ。

 そもそもこの「後見人」というのも勝手に国家魔術院が設定したもので、キール自身が認めたものではない。しかしながら、ミリアのその機転のおかげでキールは「あの一件」についてお咎めなしとなっている。

 これに文句をつけようものならミリアの立場がなくなるのは明らかだ。


 なんだかんだ、あのニデリック院長って、周到なところがあるのかな――。いや、こういう事はたぶん院長の発案じゃ無いか。おそらくネインリヒさんだろう。

 おそらくはキールに縄をつけておきたいと思っているのはネインリヒの方だろう。ニデリック自身はそれほど重要に思っていないかもしれない。


 ニデリック院長の性格は意外とおおらかだ、と、キールは見ている。

 事実や現実をしっかりと洞察し、そこにできる限り推量を差し挟まない彼の思考パターンは、それゆえ確信に至ったものはほぼ完全に正しいと思われる。


 その一つがキールへのだろう。


「そんなことをしなくてもキールは来ますよ――」

とニデリック院長なら言うのだろう。

 それに対し、ネインリヒさんは、

「いえ、これも一つの用心ですから――」

と、念には念をという意図が垣間見える。


と言えばか――。でも、国王陛下がどうして僕のことをそこまでしてお呼びになるのだろう?)


 キールにしてみれば、いまいちそこがピンと来ない。


 それはそうだろう。

 キールはただの王立大学生であり、貴族でも何でもない一介の平民に過ぎない。確かに父母は超有名人ではあるが、その父母に用があるというのならなにも息子の自分を介する必要もなく、直接召集依頼すればよろこんで馳せ参じるだろう。


 そう思っていたのだが、夕方いつものようにデリウス教授の部屋に来たクリストファーからようやく1月1日の「会談」の話が一同にもたらされたことで、なんとなくだが英雄王の魂胆を推測できるようになる。


「実は公表するのが遅れたんだけど、一昨日の午前中に英雄王陛下とエリザベス教授との間で会談が行われたんだ――」

クリストファーがその日に行われた会談の内容を一同に披露した。


 何よりも重要な情報となったのが、『竹』のことについてだった。


「実は『竹』という植物は、現在世界中で生息が確認されているのが遥か東のダーケート王国だけなんだよ――」


 これには一同は驚きの声を上げた。

 デリウスも知らなかったようだ。


「え? 竹、ですよ? そんなのそこらあたりに生えてましたよ? あ、前世の世界の話ですけど――」

アステリッドもそう答えたがそう言えばこの国では『竹』を見ていなかったことに改めて気づく。


「そんなに貴重な植物なんだ――。それで、その『竹』を英雄王が獲りに行くっていうの?」

と、キールが改めて確認する。


「うん、あの口ぶりと、英雄王がいまだ現役の冒険者だとか自身の言葉でおっしゃったことなどから、おそらくそのつもりなのだろうと思う」

とクリストファーが答える。


「ちょっと待って――。たしかダーケート王国には要監視区域があって、そこに希少な植物が生息しているって話を聞いたことがあるわ、もしかしてそれが『竹』?」

と、さすがはミリア・ハインツフェルトだ。世界の歴史のみではなく地理についても幾らか知識を持っている。だが、その希少植物が何かというところまでは記憶していなかったようだ。


「要監視区域?」

とキールが疑問を投げる。

「ええ、なんでも魔獣が巣食っている地域があるって――。ダーケートはその地域をぐるりと長大な壁で取り巻き監視を行っているという話よ」

答えたのはミリアだ。


「まさか、キールさんを連れて行こうって考えてるとか――」

アステリッドがこの流れでひらめいたようだ。

「だって、あの王様、キールさんに『面白い小僧だ』って言ったんですよ? なんか、ありえ無くないですか?」


「なるほど、ねぇ。まあ、キール・ヴァイスのことを英雄王が既に知っているということは考えられないことじゃないわよね。ただ、出会わなかっただけ、ということかもしれない。それがたまたま出会ってしまって、自分の目でキールを認識した。それで、俄然、興味がわいてきた、と」

ミリアが英雄王の脳内を推察する。


「聞くと見るとでは情報量が圧倒的に違うからな。そういう事があってもおかしくはないだろう。ましてや現役冒険者を公言するお方だ。自分の目というものに自信をお持ちであるだろうしな――」

とデリウスがその可能性をまとめた。


 そんなに大したもんじゃないですよ?

 ただたまたま出会っただけで、王様から「お前と友達になりたい」なんて言われるような「高尚な人間」なんかじゃございません、と、キールは声を大にして言いたかったのだが、この時の一同の推理はあながち間違いでなかったことが謁見の際に明らかになるのだった。

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