第177話 早すぎた邂逅


 ニデリックは思案している。

 キール・ヴァイスと英雄王の接見の場をセッティングしなければならない。


 ついにあの王とキールが出会ってしまった。

 いつかは訪れるであろうとは思っていたが想定していたよりずいぶんと速い。


 英雄王のところにもそのうち情報は入るはずだと思ってはいた。いや、もうすでに入っていたのかもしれない。しかし、いくら素質が高いからとはいえ、結局はまだ魔法に目覚めて2年ほどしか経っていない素人魔術師に、英雄王とも称されるあの方がすぐに興味をお示しになるわけはないと思っていた。


 英雄王リヒャエル・バーンズには未だ、冒険者時代の仲間で健在なものもいる。その中にはいまだ現役の魔術師もいるのだ。もし仮に、「パーティ」を組むというのであれば、そういったものたちをまずは招集するだろうし、また、冒険者ギルドに伝手もあることだから、腕のいい魔術師やレンジャーなどはすぐに招集できるはずだ。

 そうであれば、まさか素人に近いキールに白羽の矢を立てるはずはないのだ。


――出会わなければ。


 そう、それはすべて「出会わなければ」という前提に立つ仮説だった。


 キール・ヴァイスには人を寄せる何かがある。

 当のニデリック自身もそうであったが、『火炎』や『疾風』もおそらくそうなのだろう。


 それがどうしてなのかはニデリックにもわかっていない。

 しかし、感じるのだ。

 「何かがある」のだろうと。


 ニデリックはそう言った感覚や勘のようなものを信じるたちではない。

 ただ事実と結果から検証して物事を洞察するように努めている。


 『火炎ゲラード』に言わせれば、「そう言うところがお前の面白くないところだ」とでもいうのだろう。

 『疾風リシャール』もおそらく同じようなことを言うだろう。


 その点二人は似ている部分がある。


 しかしニデリックはそれを『えて』行わないようにしている。

 そう言ったものには大概私情というものが混じってくるからだ。


 個人の感性はつまり、個人の欲でもある。


 「この人がこういう人であればいいのに」という欲が「きっとこの人はこういう人だ」という推量に意思が傾く。

 結果、その人物が見せている行動や発した言葉を「自分に都合の良いように」解釈し、「おそらくそういう事だろう」という推測へと発展する。


 そうなったとき、「人を見誤る」ということが往々にしてあるとニデリックは知っているのだ。


(だから私は勘や感覚などをできる限り排除して決断を下しているのだ――。だが、キール・ヴァイスだけはこの感覚がぬぐえない――)


――あいつには何かある。


 ニデリックもそう認めざるを得なくなっている。


 英雄王もその「何か」にかれた感がある。それはそうだろう。彼ほど、自分の直感を信じ生き抜いてきたものは他にはいないのだから。

 英雄王はその自身の直感を頼りにこれまでいくつもの秘境や魔獣を踏破してきているのだ。そうして今もなお、「現役の冒険者」を公言している。


 昨日のエリザベス・ヘア教授との会見で、英雄王の当面の目的が決まったと言ってよい。あの様子から察するに、おそらく自身でダーケート王国へ赴くつもりであることは推測できた。


 そうして去り際にニデリックへこう告げる。


「あの小僧との接見を急いでくれ。ダーケートに連れていくか決めたい」


 これで確定した。


 ニデリックの立場上これを拒否することはさすがにできない。

 あるいは、平民であるキール自身が拒否をすればそれは可能だ。平民には王の命令と言えども拒否する権限が与えられている。――『自由出国権』がそれを保証しているからだ。しかし、そうするリスクの方がキールにとっては遥かに高い。であれば、まずは接見に応じるという方向で間違いないだろう。


 どうやらついに私が守ってやることは出来なくなりそうだ――。


 これまでニデリック自身としては、かなりキールを保護してきたつもりでいる。何をおいてもあの娼館主の死亡事件の主犯はキール・ヴァイスで間違いないだろう。それを「不問」に付しているだけでも、かなりの温情だ。いくら、身にかかる火の粉を払ったと言っても、全く無関係であるという「裁定」は有り余るほどの優遇であることをキール自身も理解しているはずだ。


 しかし、一旦私の手を離れてしまえば、おそらくもう何か後押しをしてやれることにも制限が付くというものだ。

 ミリアの手前、せめて一人前の魔術師になるまでは保護してやりたいと考えてもいたが、それもどうやら難しくなった。



 ニデリックは、机の上の呼び鈴を鳴らし、執務室の前で控えている衛兵を呼ぶと、


「ネインリヒ君を呼んで下さい――」


と、短く指示を送った。

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