第175話 あすかとおかあさん
クリストファーとエリザベスが『英雄王』たちと会合をしているさなか、3人は城下町をうろついていた。
一旦、大学を出て、商店街を物色していたのだ。
どのみちお昼ぐらいにはクリストファーもデリウス教授の部屋へ来ることになっている。その後今日は、夕食を一緒に取ろうという約束だ。
キールたち『学生部』の主な活動は、それぞれの『目的』を達成するためのなんやかんやであるのが本来だが、それもやってないわけではないが、半分以上があまりどうでもいいおしゃべりになってしまってもいる。
そんなおしゃべりの中、年末祭のあと、この国には新年のパレードとか祝賀祭とかないよねなどと話していた時に、それならいっそ自分たちでやっちゃおうか? という風に盛り上がってしまった。
そうして結局、元旦はデリウス教授の部屋へ集合、という流れになったのだった。
しかしそのあとすぐ、クリストファーが元旦の昼前にエリザベス教授に呼び出しを受けたということで、終わり次第デリウス教授室へ向かうということになり、それまでキールたちはお昼でも食べて待ってようということになったという訳だ。
昼食を城下町のバーガーショップで済ませた3人は、店を出て街並みを散策しているところだ。
正月で元旦だというのに、この国の人たちは結構表へ出てショッピングやランチをしているようで、通りはかなりの人で混雑している。
そんな中アステリッドとミリアのたわいもないやり取りから、今晩の「ミッション」が決定することになる。
「キールさん、どうしてこの国にはうどん屋さんがないんでしょうね? カインズベルクでは結構
アステリッドがキールに声をかける。アステリッドからすればこの「うどん屋さん」はミリアへの対抗意識の表れだ。
――自分はキールと共通の食べ物を知っている。
というアピールなのだろう。
「リディっていつも「うどん屋さん」の話するわよね? そんなに好きなら作ってみればいいじゃない?」
まさか本気ではなかっただろう。ミリアにしてみれば売り言葉に買い言葉というあたりだった。
「あー! そんなこと言うんですね? 意地悪ですね、ミリアさんは。私もキールさんも「うどん」の作り方なんて、知りませんよ――。ん? あれ? わたし、うどんの作り方知ってる、かも……?」
アステリッドがやや硬直して、頭の中の記憶をたどる。
いや、正確には藤崎あすかの「記録」をたどっていた。
『あすか! しっかりと力を入れてこねなさい! そんなんじゃうどんにこしが出ないでしょ!?』
『だって、もう疲れたんだもん。もう、これ以上は無理~』
『もう! そんなとこですぐ
『お母さんはいつもそうやって頑張ってばっかり言うよね?』
『当たり前でしょ? 人は頑張らなきゃいけない時がたくさんあるものなのよ? だからちゃんと練習しておくのよ。ほら、さあ――』
(お、かあ、さん――)
アステリッドは、心がギュッと締め付けられるような痛みを覚えて立ち止まってしまった。
胸が苦しい――。感情が溢れてくる――。
「お母さんに会いたい――」
アステリッドが思ってもなかった言葉が口をついてあふれ出た。その瞬間、アステリッドはとてつもない悲しみに襲われた。
立ち尽くしたままアステリッドの頬に何かが伝う感触がある。涙――?
立ち止まったアステリッドの方を振り返ったミリアが、アステリッドの涙に気付いた。
「リディ? リディ! どうしたのよ!? そんなきついことわたし言った?」
ミリアがさすがにアステリッドの反応を見て慌てふためく。
「え? あ、涙? え? なんで、私涙なんか――」
「大丈夫なの? どこか気分でも悪い?」
「え? あ、ああ、大丈夫です。ちょっと、思い出したことがあって――。はい、もう平気です」
アステリッドの表情は元の明るさを取り戻している。
「大丈夫なのね? びっくりしたわ。わたし、てっきり言いすぎちゃったのかと思って――」
「ミリアさんがこのぐらいのこと言うのっていつものことですよ? そんなのでいちいち泣いてたら私一日中泣いてなきゃいけないじゃないですか!? そんな泣き虫じゃないですよぉ!」
「アステリッド、もしかして前世の記憶が関係してるの?」
と聞いたのはキールだった。
アステリッドの反応が一瞬いつもと違ったことをキールは見逃さなかった。あれは「アステリッド」じゃなかった。
「え? ええ、まあ。こんなことは初めてなんですが、前世の記憶がフラシュバックして急に寂しくなっちゃったみたいです。でも、もう大丈夫です。さあ、行きましょう!」
「って、どこに行くのよ?」
ミリアがアステリッドに問い返す。
「うどんですよぉ! 私、うどんの作り方知ってるってさっき言いましたよね? だから今晩はうどん作ります! 材料買いに粉屋さんへ行きますよ!」
そう言ってアステリッドは先陣を切って駆け出して行った。
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