第174話 藤崎あすかの最後の選択


 アステリッドは最近よく、「昔」の夢を見るようになった。


 「昔」というのはもちろん、自分の小さい時という意味ではない。「前世の日本の夢」だ。


 やはり、魂魄記憶再生術式の影響だろう。


 アステリッドの前世は日本という国に住む「女子高生」だった。名前は、藤崎あすかというらしい。

 残念ながら、アステリッドの前世の藤崎あすかは17歳の時、流行り病のせいで亡くなってしまっている。

 西暦2022年のことだ。


 最期の時は、家族と出会うこともできず、まわりの医師や看護師が懸命に手を尽くしてくれたが及ばず、あすかの命の灯はそこで消えてしまったようだ。


 もちろん「それ」は自分自身の魂魄にのこる「記録」であって、アステリッド自身の「記憶」ではない。それは理解できている。だから、不思議とつらいとか悲しいとかは感じなかった。


――ああ、そうなんだ……。


という感覚が一番合っているように思う。


 魂魄に記録されている前世のは、キールも言っていたが、自分ではない別の誰かの物語として自身の頭の中では分類されているように感じる。だから、その誰かに必要以上に感情移入したりしないため、パニック状態に陥ったりすることはないようだ。


 しかし、やはり、そのような最期を遂げた自分の前世の少女、藤崎あすかのことを、哀れに思うことがないわけではない。


――刈谷真司。


 あすかはこの同級生の男子学生に恋をしていたようだ。

 しかし、自分が病に臥せる少し前にひょんなことから喧嘩別れしてしまったらしい。

 その数日後、あすかは真司と仲直りをすることなく病院へ入院させられてしまい、そのまま集中治療室から出ることはなくその生涯を終えた。


 あすかは死の間際、強く願ったことがあった。


『もし生まれ変わることが出来たら、真司君に謝りたい――』



 アステリッドはその想いを知ってしまった。

 そうして自分はその藤崎あすかの生まれ変わりなのだ――。


(ごめんね、あすか。私にはどうしてあげることもできないよ――)

そうアステリッドは胸の中の彼女に語り掛けるのだった。


 もちろん「あすか」は何も答えない。

 キールさんの話だと、前世の記憶が語り掛けてきたり、会話をしたりしたということだったが、アステリッド自身にはこれまでのところそのような体験はまだ起きていない。


(この話はみんなには話さないでおこう。今私が求められていることは、その「日本」がどんな国で、どんな技術が存在していたかということだ。『コイル』の話はバレリア遺跡やレーゲンの遺産の研究に大いに役立つだろうとエリザベス教授は言ってくれた。私は出来る限りそこにあった技術を思い出してできる限り詳しくこの世界の言葉で伝えよう――)


 アステリッドはそのように整理していた。


 しかし、バレリア遺跡はいったい何なのだろう。

 あの「円盤の部屋」はいったい何のための施設なのか? あすかの記憶の中にある、あのような場所は、もちろん自分が実際に訪れた記憶ではない。「SF映画」などによく登場する「制御室=コンピュータルーム」のような感じだった。

 

 それにもしあの部屋がそれだったとして、どうしてそんなものがこの世界の地下に埋まっているのだろうか?


(まさか、この世界は前世の世界の未来――?)


 あすかの記憶によれば、古い時代の遺物などは地中深くから発見されることが多いらしい。ある時は砂の下、ある時は海底、そしてまたある時は氷山の中から――。

 もしそうだとすれば、あの遺跡は過去にそこに存在したものであるということで、それがあすかのいた世界だったと仮定すれば、「ここ」はその世界の「未来」の世界ということになるのではないだろうか――。


(まさか――ね。それに、あの白い髭のおじいさんは「別の世界へ転生する」って言ってたわ――)


 藤崎あすかの最後の選択――。

 

 それは「御品書き」から次の転生者が持つ『特性』を決定するというものだった。


 あすかはその前にそのおじいさんに質問している。

 

「私は生まれ変わったらまた日本に生まれることが出来るのですか?」


――残念じゃが、それはおそらく難しいじゃろう。この世界というのは無数の次元が折り重なって存在しているのじゃ。生まれ変わって同じ世界へ転生する確率は万に一つもないじゃろう。別の世界で新しい命として生まれ変わることになろうな。


 確かにあのおじいさんがそう言ったのを覚えている。


 あすかが落胆したのは言うまでもない。彼女は生まれ変わったらまた「真司」に会いたいと思っていたのだから――。


 あすかの最後の選択は、『偶然』だった。


 人より少しばかり「偶然」起きることの割合が高いらしい。

 あすかはこれに想いを託したのだろう。


――『偶然』同じ世界に、同じ場所に、同じ人に、同じ時期に居合わせ、そして偶然出会うことがあれば――。



 アステリッドはそのあすかの想いも知ることになった。しかし、アステリッドは「日本人」ではなかった――。


(でも、あすかさんのくれたこの特性は必ず私の助けになってくれると信じてる。あすかさん、私は何も返せないけど、あなたから受け取った「想い」を胸に精一杯生きます――)


 アステリッドはそう、胸の中に眠るであろう藤崎あすかへ宣言するのだった。 




 



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