第173話 だから冒険者ってのは


「陛下、このようなところまでお運びくださり、恐縮です――。エリザベス・ヘアと申します」

「よい、俺にはそんな畏まった礼は不要だ。早速だがエリザベス、レーゲンの最後の遺産というのはどんなものだったのだ?」


 初対面にもかかわらず、慇懃な礼作法をすっ飛ばしてしまうところもこの『英雄王』らしさであろう。

 やはり、なのだ。つまり、内容にしか興味はないということだ。


 英雄王にとってここまでわざわざ足を運んだのは、報告に来るのを待っているのが面倒なだけで、知りたければそこへ向かえばいいという簡単な道理に基づいている。


「あ、はい。『コイル』というものでございました。こちらになります――」

そう言ってエリザベスは金属製の小さな部品を提示した。


「ふむ。で、これが何だというのだ?」

英雄王はそのものを見て知りたいわけではない。もちろんエリザベスもそれは承知している。


「おそらく、新たな「力」を生み出す源となるものではないかと推察しております」

エリザベスが答える。


「新しい『力』……か。それはどういう『力』なのだ?」


「申し訳ございません。そこまではまだ――。ただ、一つ言えるのは、この「コイル」の材質を調べることで同じものを作り出せる可能性をまずは模索したいと考えております。もしそれが可能なら、このオリジナルを損なうことなく研究を進められると思います」


「なるほど、それが作成でき、研究が進めばバレリア遺跡の円盤の部屋の謎を解き明かすことに繋がるという訳か――」

 

「はい。それから一つ情報があります。どうやらこの「コイル」ですが磁石と関係が深いようです――」


方位磁針コンパス――か。しかし、あんなものが何の役に立つのだ?」

さすがに冒険者である。英雄王も方位磁針コンパスの原理はよく知っている。


「それはまだ、これからというところです――」

エリザベスは敢えてアステリッドの情報を秘匿した。「電流」なるもののの正体が今は全く不明だからだ。


「――ふふふ、お前も面白い女だな……。まあよい、不確かなものを口外してわが身に降りかかる災厄を免れるは常套手段でもあり、危機察知においても重要なことだ。――いいだろう。それで、必要なものが何かあるか?」

『英雄王』はエリザベスの心中を大方見抜いていたが、ここはそれ以上詮索するのは待ってやろうと思った。


「――恐縮です。なれば、『竹』を少々頂きたいと思います」


「――なに!? 『竹』だと!?」

声を上げたのは英雄王ではない、ネインリヒだ。

「博士! 『竹』とはあの植物の『竹』のことを言っているのだろうな!? あれは――」


「かははは、面白い! 『竹』かあ!」

英雄王は満面の笑みで豪快に笑った。

「エリザベス! 俺はこの年にして現役を公言する冒険者だということは知っているな!?」


「はい、陛下。もちろんです」


「知っていてなお、口にするとは、お前本当に愉快な女だ! 気に入った! わかった、俺がその『竹』をなんとかしてやろう!」



 その後英雄王は終始笑顔でエリザベスの今後の計画を聞いていた。

 まずは「コイル」の再現、それからその新たなる「力」の探求、最終的にはバレリア遺跡の円盤の部屋の謎の解明、そしてさらなるバレリア遺跡の探索――。


「今日はいい正月になった。エリザベスよ。楽しかったぞ? さらなる研究の進展に期待しておる。それから、『竹』については任せておけ。必ず手に入れてきてやる」


 そう言って英雄王は教授室を後にした。



――――――



 この邂逅の数日前の話だ。


 アステリッドの話を聞いたエリザベスとクリストファーはどうすればよいかを思案していた。


 まさか、『竹』とは――。


 アステリッドを含むあの場所にいた全員がそれを手に入れるのがどれほど難しいことかを知っているものはいなかったようだ。


 アステリッドが話した中に、「電球」というものの「フィラメント」に竹が使われたという箇所があった。つまり、その電流の流れをその場所だけ停滞させることで、摩擦が起こり加熱する。そうして発光するのだという。


 問題はその『竹』だ。


 この世界において『竹』は非常に希少な植物とされている。

 現在『竹』の生育が確認されている地域は、メストリルから遥か東に位置するダーケート王国の領土内にある、「誘われの森」と呼ばれる地域のみである。


 そしてこの森は魔獣の巣窟となっており、現在ダーケート王国はこの森を要監視地域に認定し、森の周囲を円形に取り囲む壁を築いてこれを監視している。


 これまでのところ、その森からはぐれて外へ出てくる魔物はまだ少なく、すべてその壁に到達する前に駆逐されており、森からの脅威は外部へ漏れていない。

 しかしながら、森の中へ入って探索するのは危険が大きいということで、最近は内部探索班の派遣すら行われていない状況であった。


 『竹を使った製品』は現在世界にはほとんど存在していない。そもそも希少な素材であった竹であるうえに、「誘われの森」の探索が行われず採取が出来なくなってからすでに数十年以上経過しているためだ。


 クリストファーもエリザベスもそのことを知っていたのだ。


「どうしましょう、教授せんせい。何か別の素材で代用する方法を考えますか?」

クリストファーがそう提案した。が、竹と同じような素材など全く思い当たらない。


「いえ。ここはやはり、『竹』を手に入れるしか方法はないわ――。私たちの王は『冒険者』だわ。そこをうまく使うしか方法はないわね――。うまくいくかどうかはやって見なくちゃわからないけど――」



 そうしてエリザベスはまんまとこの計画を成功させたという訳だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る