第172話 ネインリヒの考えは取り越し苦労か
ニデリックは涼しげな顔をしていたが、ネインリヒはさすがに浮かない表情だった。
まさか正月の一日に大学にいるなんて考えもしなかった。
しかし、これも「運命」というものなのだろう。
(どうしたって、
『英雄王』と『稀代の魔術師』の邂逅は何が始まる予兆なのだろうか。
これまでもキール・ヴァイスは様々な要人と出会いを果たしてきている。ニデリック院長もその一人だが、その後も、『火炎の魔術師』ゲラード・カイゼンブルグ、『疾風の魔術師』リシャール・キースワイズと出会い、ついに三大魔術師全員と邂逅を果たしている。
ほかにも、シュニマルダの頭目、いや、いまはウォルデラン国家魔術院諜報部長シルヴィオ・フィルスマイアー、ミリアの父、政務大臣ウィルダート・ハインツフェルト公爵、財務室長ケイン・ギュンダー伯爵などにもすでに出会っていると報告を受けている。
そして、エリザベス・ヘア教授――。
彼女ともすでに出会っている、どころか、協力関係にあるのだ。
このまだ若く優秀な考古学者はバレリア文明の研究者としてついに新たな一歩を踏み出したと言える。
彼女はついに最後のレーゲンの遺産にたどり着いたのだ。
「レーゲンの遺産」はこれまでメストリル王立出版が管理してきた国宝級の遺物群であるが、これまでの先人の研究者たちによって少しずつ王立大学へ移管されてきており、残すは最後の一つとなっていたことを当代の国王リヒャエル・バーンズも感知しているところであった。もちろん、国家魔術院もその情報はすでに知っているところだ。
バレリア文明自体は現在ウォルデランへその管理を移管しているが、もともとはメストリル王国領内にあるメストリル王国の管理遺跡だった。そして、この遺跡の謎は代々のメストリル王家の命題でもある。
レーゲン・ウォルシュタートの出現により、この遺跡の調査はかなりの進展を見た。しかしそれ以降数十年の間に彼の「遺産すべて」を手に入れるものは現れなかった。研究はここ数十年レーゲンの先へは進んでいないのだ。
ところが先日、この最後の遺産に「到達」したものが現れたと国王へ報告が上がったのだ。報告主は、メストリル王立出版の現会頭ロジャー・ミューランだ。
「王立大学教授エリザベス・ヘア博士に最後のレーゲンの遺産を移管いたしましたことを報告いたします」
と、報告書にあった。
「俺の生きているうちに進展があるとは、な。さすがにもう諦めかけていたところだったが――」
とにやりと笑ったのは『英雄王』だ。
何度か話している通り、この王様は、根は「冒険者」だ。
彼は故あって国王などという座にいるが、本来は齢72にしていまだ現役を公言する冒険者でもある。
(まったく、だから冒険者というのは厄介なんだ――)
と、実はネインリヒは苦々しく思っているのだが、もちろんそんな考えを『英雄王』の
「ニデリックを呼べ。すぐに、だ。エリザベス・ヘアに会いに
英雄王は即刻行動を決断したという。
そうして、ついに今日、そのエリザベス・ヘア博士と『英雄王』が邂逅を果たそうとしている矢先のことだった――のだ。
(キール・ヴァイスの存在を知られてしまった――)
ニデリック様は相変わらず涼しい顔をなされておいでだが、心中はどうなのだろうか?
ネインリヒには「とんでもなく悪い予感」しか感じられない。
(しかも、今回のレーゲンの最後の遺産の移管に際しても
今日初めてキール・ヴァイスに出会った『英雄王』は、「面白い奴だ」と二人の目の前でそう言った。
『英雄王』の「面白い」とは、つまり、「興味がある」という意味であることはこれまでの経験から知っている。
「冒険者」が「魔術師」に「興味がある」ということはつまり、「パーティに加えたい」という意味にもなる。
さすがに年の差が開きすぎているうえに、地位も違うと言いたいところだが、
(まさか、キールを連れてバレリア遺跡に潜る? いや、さすがにそれは――、いや、あり得ないとは言えない――)
そんなことをネインリヒは想像して背中から噴き出す汗が止まらない。
(ニデリック様は本当に何もお感じになっておられないのか――?)
そんなことを堂々巡りのように思いめぐらせているうちに、3人はエリザベスの部屋の前に到着していた。
部屋の前には美形の男子学生が扉の前で3人の到着を待っていたようだ。
おそらく、クリストファー・ダン・ヴェラーニだろう。
その学生は、落ち着いた物腰で3人を迎えると、
「このような場所までお運び頂き恐縮です、陛下。ヘア教授は中でご説明の準備をいたしておりますのでわたくしが案内するよう申し付かっております――。クリストファーと申します」
と挨拶をのべた。
「ほう、おまえが『ラアナの神童』か――。噂は俺のところまで届いてるぜ? 優秀らしいな?」
と、英雄王が返す。
クリストファーはさすがに驚いた表情で、
「いえ、小さいときに少しばかり村の子供らの中で悪知恵が回っただけでございます。恐れ多き事にございます」
と、なんとか返した。
「ふふふ、そんなに恐縮せずともよい。知恵が回るというのはそれだけの想像力を持ち合わせているということだ――、冒険者にとっては結構大事な素養よ」
英雄王の表情は優しい。
「あ、ありがとうございます。それでは、ご案内いたします――」
クリストファーはそう言って教授室の扉を開いた。
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