第171話 『英雄王』の沿革
3人はさすがに呆気に取られてぽかんとしていたが、いち早くミリアが我を取り戻す。
リヒャエルたち3人はすでに大学の構内へと消えていた。
「あ――! もう! なんでこんなとこにいるのよ!?」
とはミリアの第一声だ。
たしかに、こんなところにいるなんてことはかなりのレアケースだろう。
今日は正月一日で、ましてや、ここは大学だ。
毎年、リヒャエル王は「この日だけは休む」と決まっている。
この話が嘘だとは思えない。なによりもミリアの父、政務庁長官の言葉だ。
「ミリアさん? 英雄王は
アステリッドが突っ込む。
「そうよ! 父上がそう言ったのは間違いないわ! まして、ここは大学よ? あなたたちも英雄王が大学にいるところなんて見たことないでしょう?」
と、ミリアが返す。
王城の廊下ならともかく、大学の校庭でなど、誰が国王と遭遇するのを予見できようか。
「でも、なんて言うんだろう。初めて見たけど、なんか、英雄王って呼ばれるのがぴったりな人だったね。あのおじいさん、いくつなんだろう?」
とはキールだ。
「あんた、この国の王様に向かって『おじいさん』は失礼よ? まったく、わかってるの? 王様よ、王様!」
ミリアは慌ててキールの言葉をたしなめる。一緒にいるものがそんなことを口にしているのを放っておいたとか告げ口されたらたまったものではない。
「大丈夫だよ、誰も聞いてないし。それに、あのじいさん、そんなこと気にする人じゃないよ。なんとなくだけど、そう思う」
正直、キールはこの出会いに感謝していた。たぶんこんな偶然でもなければ出会うこともないままの人だったろうとも思う。
ニデリック様がさっき、「時期が来れば」とか言っていたが、たぶん逃げ口上だ。できれば会わせたくなかったように感じた。
どうしてそうなのかはニデリック院長に直接聞かないとわからないが、もう、そんなことはどうでもいい次元の段階に進んでしまった。
この『偶然の出会い』がそのような事情やら手順やらをすべて吹き飛ばしてしまったのだ。
「なんか、楽しそうな人だね? そんな感じがする――」
キールの英雄王に対する第一印象はそんな感じだった。
『英雄王』リヒャエル・バーンズ。
クルシュ歴368年1月1日現在、72歳となった。
彼の出自はいろいろと謎が多い。これには理由があるのだが、それはまた話す機会もあるだろう。
ここでは彼が『英雄王』と呼ばれる
クルシュ歴324年、メストリル王国に大規模な魔族の侵攻が起きた。いわゆる、「ケルヒ領危機」だ。当時のケルヒ領の領主、キリアス・ウィンガードとその一族が住まう領主屋敷は魔物どもに乗っ取られた。この時、領主キリアス、長男ホード、その息子アリエスは死亡、キリアスの次男ヒルバリオは行方不明となっている。
結局、ヒルバリオは現在もなお行方不明のままだ(――実際は旧領主屋敷の地下の隠し部屋で朽ち果てているのだが)。
これに対し、一月後の325年1月に王国兵団と魔導部隊によってケルヒ領の魔族を掃討、ケルヒ領の実権を回復するに至る。
この、王国兵団を率いて魔族を全滅させたのがこの、『英雄王』リヒャエル・バーンズその人だ。
当時リヒャエルは29歳だった。
彼は、元は一介の冒険者だったという。たまたま偶然が重なって、先代王と懇意になり、この危機に直面、先代王の依頼に応える形で王国兵団の陣頭に立った彼は、その圧倒的な武力で王国兵団を牽引、ついには魔族を全滅に追いやったという訳だ。
その功績に先代王は爵位と領地を与えようと申し出たが、これを拒否。
理由はなんでも、
「お前から褒美をもらったら友人でいられなくなるだろうが!」
と一喝したという事らしい。
結局、その爵位と領地は王国兵団で功の大きかった、ジョナサン・メストレーに与えられ、メストレー家はこの時から男爵家となり、また、ケルヒ領の領主となった。
その後、先代王が病で死す時まで、メストリル王国の食客として先代王と交友を交わしていたという。
ただ、王国に仕えるわけではなく、ふらりとたまにやってきては、一晩中酒を飲んで語り明かし、またふらりと旅立っていくという様子だった。
先代王にとっては唯一と言っていい「親友」であったという。
ところが、事態は急転する。
その先代王が流行り病に倒れたのだ。
当時、先代王は42歳、リヒャエルは41歳だったという。
先代王には子がなかった。このままでは家督を継ぐ者がなく、次期王をめぐって貴族間の闘争へと発展する恐れもあった。
「そこでだ、リヒャエル。死にゆく友人として親友のおまえに一つ頼みがある――」
次期国王となってこの国を治めてくれないか――。
そう遺言を残し、先代王はこの世を去った。
先代王の
こうして、リヒャエルは即日国王に即位し、現メストリル王国国王となった。ただし、『一代王』として即位し、次期国王は追って決定するとした。こうすることで、貴族間闘争を回避したのだ。それから今年で、31年目となる。
「父の話によると、この王様はやはり冒険者なのだという事らしいわ――。王様というには少し異色というか――。だから国政に関しては貴族の官僚の話をよく聞いて判断される方で、横暴や横柄な態度は微塵も取らないらしいし、基本的には温厚で優しい方だというのよ。でもね――」
とミリアが『英雄王』の話をつづける。
「酒癖がちょっとよくなくってね――。飲んだ時は必ず拳闘をするらしくって、これがあのお年でもかなりの実力なんだそうよ。未だに王様を打ち負かした人はいないという噂よ――」
「拳闘」というのは一種の
拳に綿を巻き、布でぐるぐる巻きにした者同士が殴り合うという。
勝敗は基本的にはポイント制なのだが、倒れて起き上がれなければ負けという決し方もある、非常に厳しいスポーツだ。
「あんたなんか目をつけられたら、一発で意識を吹っ飛ばされるわよ?」
と、キールの方を睨みつけて言った。
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