第170話 英雄王リヒャエル・バーンズ


 クルシュ歴368年1月1日――。


 カインズベルクでは盛大な新年パレードが行われる日だが、ここメストリーデにはそのような催しはない。


 理由は非常に個人的なものによる。

 この国の英雄王リヒャエル・バーンズはこの日、『必ず一日中公務を休む』ことになるからだ。


 新年を迎えるたびにこの世界の人たちは年齢を一つ重ねることはすでに述べた。

 つまり、一斉に「ひとつ年齢が増える」のだ。


 なんでも、彼は王になった今でも、かつての冒険者パーティの生き残りたちを自分の住まう王宮に集めて、大晦日から元旦にかけて夜通し飲み明かし、去年はどいつがった? とか、今年は誰の番だ? などとうそぶきまわるらしい。

 そうやって飲み明かすものだから、当然翌日の元旦には「使いものにならない」という訳だ。


「カインズベルクだったらパレード見て、神社周りとかするのに、メストリーデの正月はなんか寂しいですね。ね? キールさん」

アステリッドがキールの腕にすがってくる。

「あ、ああ、去年はそういや、アステリッドがいろいろ連れて行ってくれたよね――」

と、返しつつ、

(あの日何件の神社やら寺院やらを周ったことか――)

と、思い返し、今年はメストリーデでよかったと胸をなでおろす。


「この国の英雄王は正月はずっと寝てるらしいからね――」

とは、ミリア。

「酒飲んで、パレードして暴れられでもしたら、街が粉微塵こなみじんになっちゃうから、寝ててくれた方がいいんだって、父が言ってたわ――」


(まったくどういう王様なんだろう?)

と、キールは思ったが、確かにこれまでその『英雄王』を見かけたことはない。


「ミリアはその王様に会ったことはあるの?」

何気なしにキールは聞いてみた。


「あ、ある、わよ?」

ミリアの返答の歯切れが悪い。


「あるんだ。どんな人なのかなって――」

「あんたは、会わない方がいいわ。ろくなことにならない気がする――」


「へ? どういう意味?」

「いいの! とにかく、会わないに越したことはないってこと。わかった?」

「は、はあ。わかりました――」

「よろしい! ではこの話は……こ、こ? お!?」


 ミリアがキールの方を飛び越えた先を見て、固まっている。



 今3人はメストリル王立大学の校庭を歩いているところだった。正月早々学校に来ているのは、特に理由があるわけじゃない。3人とも特に予定がないということで、なんとなく学校に集合、ということになっただけだ。

 クリストファーはエリザベス教授と研究に明け暮れており、最近はなかなかに忙しくしている。

 それでも、帰り際にはデリウス教授の部屋を訪れて、現在の進捗しんちょく状況を知らせてくれている。

 それがだいたいいつも夕方日が暮れる前ぐらいということで、3人は予定がなければいつも、デリウスの部屋でクリストファーが来るのを待って解散するというルーティンになっていた。

 そのクリストファーが昨日は帰り際の報告で、「明日はデリウスのここ部屋にはこれなさそうだ」と言っていたため、それなら3人で出かけようかということでここにいるという訳だ。


「ん? ミリア、どうしたの?」

「キール! 振り向いちゃダメよ!」

「はあ? なんだよ急に――」


「あ! あれって――、」

アステリッドはミリアの視線の先のある人物に気付く。

「ニデリック様とネインリヒ様――? あれ? その隣にいる人――」


「リディー! その先は言っちゃダメ!」

「英雄王――さま? え? あ、ダメでした?」


 言ってしまったかという表情でミリアが項垂うなだれる。


「え?」

という感嘆詞と共に反射的にキールは振り向いてしまう。


 キールの視線の先には3人の男たちの姿があった。

 ニデリック院長とネインリヒ秘書官、そして、かなりの大柄なごつい壮年の戦士?


「え? まさか、あの戦士風の人が?」


「はい、英雄王リヒャエル・バーンズさまですよ。もう言っちゃったからいいですよね、ミリアさん?」


 明らかに、歴戦の戦士風の男が、二人に脇を固められて歩いている。

 たしか、英雄王は今日は一日眠りこけているとか言ってなかったっけ? と思って見るが、その足取りはしっかりとして雄大だ。少し遠目なので、はっきりとその表情は見えないが、体格や歩く様子からだけ見れば、年齢的には50代かそこそこというようにも見える。



『おいおい、ちょっと待て――』

『は? 何かございましたか、陛下』

『なんだよこの魔力はよ――』

『はて、何のことでございましょう? 私には何も感じませぬが――?』

『はっ! ニデリック、芝居が下手だぜ? おまえが気付かないわけないだろう?』



 むこうでのやり取りがかすかに聞こえてくる。

 ミリアは冷や汗が噴き出してきた。

「き、キール! い、いくわよ!?」

そう言ってキールの腕を引っ張って、その3人とは反対方向へ進もうとする。それは、自分たちが向かおうと思っていたのとは逆方向だ。

「ミリア、方向が逆だよ?」

「いいのよ! 速く!」



『ああ、アイツか――』

と、英雄王がこちらを向いた。

(やばい、完全に気付かれた――)

ミリアは観念した。



――おい!! そこのお前!! 名は何と言う!!



 その声はまるで大地を揺るがすような響きだった。

 ミリアとアステリッド、そしてキールは自分たちに向かって吠えたその声に一瞬たじろいだ。



――聞こえただろう!! そこの小僧!! お前だ!!



「え? 僕? ですか?」

キールはどうやら自分のことを言っているようだとようやく気付く。


 ニデリックとネインリヒもが悪そうにうつむいている。


『僕の名前は、キール、キール・ヴァイスです! 平民ですよ』



 そう返す間にも、その英雄王はこちらへ向かって歩み寄ってきている。

 そうしてやがてキールの前に立ちふさがった。


 遠目で見た時は顔が分からなかったが、こうして近くで見るとよくわかる。年齢は相当に上だ。60、いや、70は超えている?


「おまえ、面白い奴だな。ニデリック、俺に隠してただろう?」

脇に控えているニデリック院長に向かってその「老人」は言い放つ。

「いえ、別に他意はございません。時期が来ればとは思っておりましたが、まさかこんなところで――」


「ふん。まあいわ。お前のそういうところも織り込み済みだ。――小僧、キールと言ったな。近々一席設ける。まかせ、よいな!」

と、一喝する。顔には満面の笑みだ。どうやら敵意はないようだ。


「――――」

キールはどう答えたらよいものか思案していて即答できない。


「ニデリック、この件、お前に任せる。よいな。――じゃあな、小僧。また会う日を楽しみにしているぞ」

そう言い残すと元居た方向へとまた歩み去っていった。

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