第169話 ジェノワーズ商会ウォルデラン支部の一幕


 ジルベルトは多忙を極めていた。


 ルドの「キール一味」加入後、二人してルイの娼館の経営陣に加わって働いていたのだが、不意に湧いたキールの話にさすがに人員が不足している状態だ。


『ウォルデランで娼館の運営を任されることになった――』

と、キールは言った。


「はあ? ウォルデランで? ――って、なんでまた急にそんな話になってんだよ?」

とはルイの言葉だ。


 話を聞けばなんという事はない。

 シュニマルダを壊滅に追い込み、ゲラード・カイゼンブルグの思惑通りに事が運んだ褒美にバレリア遺跡の自由入場許可を付与してやるから、娼館のオーナーを俺にさせろ、という『火炎ゲラード』の申し出だという。


「なるほどねぇ。シュニマルダを抱える代わりにその財源が必要ってことだね。あの人らしい発想だわ――」

と言ったのは、元シュニマルダのルド・ハイファだ。


 話が持ち上がったのは、夏の話だ。たしか、8月の中頃だった。


 そこから、娼館の開業まで約2か月、そして、そこからさらに約2か月が経っている。

 ウォルデランの「新規事業」はかなりの注目を集めた。

 これまで「娼館」と言えばメストリーデまで行く必要があったが、そうおいそれと国境を越えて隣国まで遊びに行くことなどできなかった。

 そういう事もあって、じつはこのウォルデランではいわゆる「女衒ぜげん」が暗躍しているという社会問題があった。

 古来こういった「遊び」というのは、なかなか排除するのが難しい。

 これにはいろいろと事情があるのだが、要は、「需要と供給」の問題である。

 どうしたって、そういう職業でしか生業なりわいを立てられないものがいて、そうして、それを利用する「客」もいなくならない。


 メストリル王国の現国王、英雄王リヒャエル・バーンズはこの問題の根幹は、実はそれほど複雑なものではないと考えており、「娼館」を正式に国家が保護する事業の一つに昇格させた。

 こうすることで、国家の「法」の枠内に取り込んだのだ。


 結果として、無許可や無申請でこの手の事業を行うことは厳しく取り締まられ、認可事業許可を受けた業者にはこれまでより厳しい制約が課されることになる。

 つまり、かなりしっかりと「合法に」事業を行わなければ、即刻「認可取消」を言い渡せることになったのだ。


 それまで、無数に存在していた「売春宿」や、そこに「娼婦・男娼」を落とす、いわゆる「女衒」も暗躍していたのだが、これらはすべて統制下におかれることになり、無理矢理に本人の意思に反してそのような職業を負わせることは「不法行為」となり、国家による大刷新が行われることとなった。


 ちょうどこの頃に、この街で「認可」を受けて娼館の営業を開始した一人に、エドワーズ・ジェノワーズがいた。ルイの父だ。

 エドワーズはこの国家の目論見にしっかりと根差した「娼館」の運営を執り行った。実際、彼の手腕はなかなかに見事なものであった。「娼婦・男娼」の雇用にはしっかりと契約書が交わされ、また、生活苦による「就職」の際には、「貸付」もしっかりと書面にして取り交わしている。


 そこから、店の従業員たちの労働環境の構築、娼館の設備の充実など、当時ではかなり画期的に「合法な商業」として確立させていくに従い、競争相手たちは淘汰とうたされていき、ついには現在の基盤を築くに至る。

 晩年にはそのおごりから幾分いくぶんか「無茶な」経営をしていたふしがあり、メストリル国家からも「注視対象」というところまで行ったが、先代エドワーズのにより跡を受けて家督を継いだルイ・ジェノワーズの代になったことで、これも一気に解消され、今はまさしく「健全経営」の一大商業団体となっている。


 こうした中、ウォルデランのゲラード・カイゼンブルグもメストリルの「英雄王リヒャエル」の先例に習い、自身が「新規事業主」として商業団体を起こし、その運営をジェノワーズ商会に委託するという方法を思いついたのだった。


 ここまで、やや沿革を説明するのに文字数を費やしてしまったが、そのウォルデランの運営会社の責任者としてジルベルト・カバネラが充てられたという訳だ。


『ジルベルトなら、ウォルデランのそういう部分にも詳しいだろうし、元シュニマルダの人たちとも連携がとりやすいでしょ? シルヴィオさんにはゲラード様からちゃんと話を通してもらってるから、よろしくね――』

と、軽く無茶ぶりを入れてくるキールに思うところがないわけではなかったが、確かに、そういう世界の者たちとはこれまでの仕事の中で幾らか関りを持ったこともあった。


(なんともしてやれねえが、哀れなものだ――) 

と思わなかったわけではない。


(まあ、こいつも何かの縁ってやつだろうさ。キールあいつのいう事には基本的に間違ったことはねえし、やってて損することもねぇ――。それに、俺はもう心を決めてるしな――)



「ジルベルト様――、今日面接予定の女の子がすでにお越しです」


 不意にジルベルトに声をかける者があった。ジェノワーズ商会ウォルデラン支部の事務長カイゼル・ノインだった。

 彼はあのレッシーナの一件以降、ジルベルトが面倒を見てあれこれと指導していた。レッシーナとの恋は「失恋」に終わった彼だったが、レッシーナは晴れて貴族の夫人となった。彼女が幸せになることを素直に喜んでやりたい半面、やはり「失恋」の痛みは大きい。

 そんなとき、ウォルデラン行きの話が持ち上がったのだ。カイゼルは「是非、僕に!」と嘆願し、今に至る。


「おまえも、ようやくらしくなってきたな――」

そうカイゼルに返したジルベルトは、カイゼルの案内に従って面接所へ向かった。   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る