第168話 今年もありがとう


 クルシュ歴367年も年の瀬を迎えるまでわずかとなった。

 今日と明日は年末祭だ。

 毎年12月の24日と25日に行われる祭りで、国中を上げて夜通しお祭り騒ぎになるというのは前に説明済みだ。


 昨年、キールはここメストリーデにいなかったため、この街でこの年末祭を祝うのはこれが2回目になる。初めての時、一昨年の年末祭はとても温かな思い出がある。

 ミリアと一緒に買い出しをして、二人でとった夕食に、ミリアのぐしゃぐしゃになったプレート――。


 ふふ、っとキールは思わず思い出し笑いをした。


「あ、今、私のこと思いだして笑ったでしょ!?」

と、鋭い突っ込みをかけてくるミリアに、

「え? 違うよ? 去年のハンナさんとのやり取りを思い出してただけだよ?」

と、苦しい言い訳をする。


「一昨年のようなことにはならないわよ、今年は。ちゃんと、一枚のプレートでも綺麗に食べられるように練習してたんだから――」

とミリアが食らいついてくる。


(やっぱり、結構気にしてたんだ――)


と、やはり可笑しさがこみあげてくると、キールは溜まらず噴き出してしまう。


「ほら! やっぱり、私のこと思いだして笑ってたんじゃない!?」

「ハハハ、ごめんごめん、あの時のミリアのプレートが今も鮮明によみがえってきて……。つい可笑しくなっちゃった」

と言いつつも、キールは少し申し訳ないような気もしていた。


 『今年はみんなもいるから――』と言って、結局今年はデリウスの教授室でパーティーをする感じになったけど、もしかしたらミリアは、本当は僕と二人のほうがよかったんじゃないかと思ったりもしないわけでもない。


(なんと言っても、あのプレートの大惨事をみんなに見られるのはかわいそうな気がする――)


 と、キールは思っていたからだが、『キールよ、彼女が望んでいるのはではないぞ?』と筆者の声が届くのなら教えてやりたいものだ。



 今二人は、そのパーティー用の買い出しを行っているところだ。

 アステリッドは屋敷のシェフに言って何か持ってこれそうなものを作ってもらうと言っていたから、おそらくその準備でパーティーの時間間際まで来れないと言っていたし、クリストファーはエリザベス教授と共に、最近は『コイル』の分析に没頭しているため、この二人も時間間際までは教授室には来ないだろう。

 デリウスはというと、部屋には居るのだが、年明け早々に予定されている講演会の原稿作成に手間取っているとかで、パーティーの準備どころではないというところだ。


 結局、残った二人が買い出しに出てきているというわけだ。

 キールにしてみれば荷物をたくさん持たないといけない分、一人でも人手が欲しかったところだが、ミリアはなんだかとても楽しそうにしている。


 歩く足取りは軽快で、さらに言えば、時折ぴょんぴょんと跳ねているようにも映る。

 いつ見てもかなりの美形だなとキールも思うほどだが、今日はいつにも増してかなり表情が明るい。これほどの笑顔を今自分が独り占めしていてよいものかと後ろめたく感じてしまうほどだ。


「ねえ、ミリア。ちょっと、休憩してから帰ろう。教授室へ戻ったら、料理もしないといけないから――、ほら、いつもの東屋で、ね?」


「なに? もう音を上げてるの? 仕方ないわねぇ――、帰ったらさっさと準備しないと間に合わなくなっちゃうから、少しだけよ?」


 そんなやり取りをしながら、王立大学のあの東屋へと二人は向かう。

 キールは上着のポケットに忍ばせているあるものを渡す機会をうかがっていたのだ。


「はい、ミリア。今年はこれ、どうぞ――」


 そう言ってキールは長さ約20センチほどの細長い小箱をミリアへ手渡す。


「え? 何? 私に?」

そう言いながらミリアはその小箱を受け取る。


「開けてみて。気に入るかどうかわからないけど――」

キールはいつものように柔らかい笑顔だ。


「わあ! ネックレス? しかもこれ、アダマンタイトのカット石――。ちょっと、キール、こんな高価なものどうして――?」


「いやね。ちょっとバイト代が入ってね。実は、ルドさんに相談して一緒に選んでもらったんだ――」




 ルド・ハイファはジルベルトと一緒にキールが預かっている元シュニマルダの女性暗殺者だ。


「はあ? バイト代って、あんたいつバイトしてたのよ?」


 ここでいうバイト代というのは実はキールがどこかで働いていたという話ではない。実は『火炎の魔術師』がそのカラクリだ。


 少し前の話になる。

 キールがバレリア遺跡への自由入場権を獲得した時のことだ。ゲラード・カイゼンブルグはその時こう言ったのだ。


「おまえ、売春宿に一枚かんでいるらしいな――」


 シュニマルダの頭目シルヴィオ・フィルスマイアーとの対決を『特等席』で、見せてもらった褒美としてバレリア遺跡への自由入場許可を得たキールだったが、その時に一つ条件おまけを付されていた。

 それがその、『売春宿』だ。

 ゲラード・カイゼンブルグがその売春宿をウォルデランにも導入したいと考えており、その元締めを自分がやるというのだ。そしてその運営を、キールが噛んでいる、ジェノワーズ商会にやらせるという話だった。


 ゲラードはこれを使って、国家魔術院の活動資金をかなり上積みできているらしい。シュニマルダを丸ごと抱え込んだ財政危機をこれで帳消しにしようという腹づもりだったらしい。


 それが結構うまくいっていて、キールのところに「小遣い」がもたらされたという訳だ。


 しかし、まさかここでその話を出すわけにもいかない。ミリアがその方面に何かしらの偏見を持っているとは思わないが、わざわざばらす必要もないと言えばそうだ。ルドさんにもそのように言われている。


「女ってのは、結構気にするときもあるんだよ」

とは、ルドさんの言葉だ。




「――うん、まあ、少しずつ――ね……」

と、適当に応えておく。

「ありがとう、キール。また使わせてもらうわ――」

ミリアはそう言って、それを自分のバッグにしまい込んだ。


「ねえ、キール。私はもう3年で、来年度には卒業しなくちゃいけない。学生生活ももうあと1年と少しで終わる。私はその後、どうしたらいいんだろう?」

ミリアの表情が、さっきまでと打って変って急激に影を落とした。


「――ミリアはどうしたいの?」

「――そうね、私はどうしたいんだろうね――」


 そうつぶやいた彼女だったが、次の瞬間、勢いよく立ち上がると、

「さあ、いくわよ! かえって、さっさと料理しないとみんなが来るまでに間に合わないからね!」

と勢い良く叫んで駆け出した。


「エ――! 料理するのはどうせ僕だろう!」

そう言ってキールはミリアの後を追う。


 しかし、そう言いながらもキールは、一瞬見せたミリアの寂しそうな表情に胸にとげが刺さったような小さな痛みを感じていた。

 










 

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