第160話 そんな彼だから
デリウス教授の部屋に到着したミリアは大きく息を吸って自身を落ち着かせた。
クリストファーはそのままエリザベス・ヘア教授の部屋へと向かった様子だ。もうしばらくはこの部屋には来ないだろう。
アステリッドはもう一時限、講義がある日だと知っている。毎週のことだが、この時間はキールと二人になることが多い。デリウス教授もこの時間は講義に出ているからだ。
(今日しかチャンスはないんだからね、ミリア。しっかりやるのよ?)
自分に自分で声をかけて奮い立たせておいて、意を決して扉を開けた。
「やあ、ミリア。いつもより少し早いね?」
キールは扉から入ってきたミリアに普段通り声をかける。
毎週この曜日この時間は二人になることが多い。
だいたい1時間ぐらいあとにクリストファーが来て、その数分後にアステリッドが来る。デリウス教授もアステリッドの少しあとぐらいだ。
いつになくミリアの表情が強張ってるように見えるのは気のせいだろうか。
そうだ、今日はちゃんと言わないといけないなと、キールも待っていたのだ。
「そ、そう? かな?」
とミリアが答えながら、いつもの席に着く。だいたいこの部屋の定位置というのは決まっている。部屋の奥に教授の机、デリウス教授はいつもそこだ。その机の前にそれほど大きくない丸テーブルが一つ、周りに対角線状に4つの椅子。入り口側に2つ、教授机側に2つという感じだ。
キールはだいたいいつも奥の教授机側二つのうち、入り口から見て右側に座っている。今日もそこだ。
ミリアは教授机側のもう一つ、入り口から見て左側が定位置だ。
つまり、入り口が開いた瞬間にキールは誰が入って来たかわかるというわけだ。そしてミリアは今日もキールの前を通り過ぎて、右隣の席に着いた。
「「あ、あの――」」
と、完全にタイミングが被る。
ミリアは機先を制された感じで一瞬たじろいだが、それはキールも同じだった。
「わ、私が先よ!」
持ち直すのはミリアの方が速かった。
「キールの話は、あとで聞くわ。いいわよね?」
さすがに今日のミリアに対抗して、いや僕が先だとは言いだしにくい。
「あ、ああ、どうぞ、お先に――」
と返すのが関の山だ。
「キール、去年はブローチを送ってくれてありがとう。わたしあれ、よく付けてるのよ? 知ってた?」
ミリアの話はそこから始まった。
「正直言って、一昨年の年末祭のあなたの部屋での食事がとても楽しくて、勢い任せでおねだりしちゃったんだけど、覚えてくれていてうれしかったの。本当にありがとう。でも――」
ミリアはそこで一旦言葉を止めた。次の言葉を繋ぐのに一呼吸置いた感じだ。
「わたし、やっぱりあなたとまた食事がしたいわ。今年はそうしない? 一昨年みたいに買い出しに行ってあなたの部屋で食事にしない?」
ミリアの瞳がいつにもなく儚げに潤んでいる。相当自信なさげな様子だ。断られるかもしれないとそう思っているようにも見える。
こんなミリアの表情はキールの記憶にはあまりない。
「――あ、そ、それなんだど……」
キールも何とか言葉を絞り出す。
「やっぱり……、ダメ? かな――」
ミリアが目を伏せてそう言った。
「いや、ダメじゃない、むしろ、僕の方からお願いしようと思っていたぐらいだから――。でも、ごめん。今年は僕の部屋は無理なんだ――」
「え? やっぱり、ダメなのね」
「そうじゃなくて、その……、僕の部屋が広ければいいんだけど、さすがにそうもいかないかなって……。ほら、アステリッドもクリストファーもいるから……さ」
「え?」
とミリアが返す。
「へ?」
とキールも応じた。
「あなたの部屋がダメな理由って、その……、広さの話?」
「ん? ああ、さすがに4人はほら、あの部屋では座る場所もないしさ――」
ミリアの表情が一気に冷めていくのが見て取れた。
キールは、自分の言ったことが何か問題があったかと疑ったが、よくわかっていない。
「――くくく、ははは――」
ミリアがいきなり笑いだす。
「え? 何? なんか、おかしなこと言った?」
と、キールはミリアが突然笑い出した理由がわからない。
まあ、でも、怒っているようではないからいいか。ん? いいのか?
「ははは……、そうね、さすがにあの部屋に4人は無理よね。じゃあ、どこにする?」
ミリアがそう聞いてくる。よかった、本当に怒ってないようだ。
「うん、それなんだけど、ここでどうかな?」
「ここ?」
「うん」
教授室というのはよくできているもので、基本的には研究に没頭できるようにと、スイートルーム的な造りになっている。教授室の隣には簡易的ではあるが炊事ができる給湯室や、実は休憩もとれる仮眠室、資料室、保管庫、来客用の応接室までついている。
教授の中には自宅に帰らずここに『住んでいる』ものもいるらしい。
「なるほど……ね。まあ、あなたらしいと言えば、そうかもね――」
そう言ったミリアの表情がすこし落ち着きを取り戻したようにも、寂しげにも見えたが、どっちなのだろう。
「いいわ。じゃあ、ここにしましょう。デリウス教授にはわたしとアステリッドからお願いしてみるわ。あなたとクリストファーはエリザベス教授にも声を掛けたら? なんなら、あの、メストリル王立出版の――」
「「エリックさん!」」
「そうそれそれ、彼にも声をかけてあげたらどう?」
「ははは、そうなるともう大パーティーだね?」
「えっと……、1、2、3、……7人?」
「料理作れるかな?」
「さすがに全部は作れないでしょうし、ある程度は買い出しで何とかしましょう」
――――――
ミリアはキールとのこの計画を後の二人がやってくるなり打ち明けた。
クリストファーは一瞬驚いた表情をしたが、黙って賛同してくれた。そのあたり、彼の優しさがよく現れている。
アステリッドはというと、キールの料理が食べられるって聞いただけで飛び上がって喜んでいる。
彼女のその姿を見ていると、やっぱり、今年はみんなで祝うというのが正解だったように感じさせられる。
(でも来年こそは――。ミリア、いい? あなたにはもう一回しかチャンスはないのだからね?)
ミリアは今年はこれで
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