第159話 しかしそれでも、一歩でも


 ミリアはバレリア遺跡の探索から戻った後、とにかく忙しかった。

 なんと言っても、貴族会の顔見世が多すぎる。

 約一年少々のちには21歳となり、ついに社交界デビューすることになるミリアであるが、その前にこの国の慣例としての『顔見世かおみせまわり』というものがある。


 貴族の子息息女たちは、19歳の年を迎えた年末に翌々年の1月から社交界デビューしますという報告を、縁の深い貴族家を訪れて挨拶して回るというものだ。

 社交界へのデビューは21歳を迎えた当日からとなる。

 新年会の一行事として、その年から社交界デビューするものたちが一堂に会し、初舞台を踏むことになる。

 その際に、どれほどの後援貴族がついているかも一緒に披露されるのだ。


 ミリアも今年19歳を迎えていた。


 ちなみにこの世界の年齢は、生まれた年を0歳とし、新年1月1日を迎えるたびに1歳年を取るという計算方式がとられている。

 キールとミリアが大学に入学した時の二人の年齢は17歳だった。その学年中に迎えた翌年の1月1日に18になっている。そして、誕生日こそ違えど、今年の1月1日に同時に19歳を迎えていたということだ。

 

 話がれたので戻すことにする。

 とにかくその時の後援貴族獲得のための『顔見世まわり』ということで、ミリアはこの時期とてつもなく忙しいのだ。



(――なかなかキールに伝える機会がなくて言いそびれているわ……)

 

 今日もドレスに身を包んでメストリル近郊の貴族屋敷の一つに挨拶へ行った帰りの馬車の中で忸怩じくじたる思いでいたのだった。

(もうすぐ年末祭なのに――。去年はキール、カインズベルクにいて、私も授業期間中だったからさすがに一緒に過ごせなかったけど、一昨年おととしのようにまた一緒に買い出し行って、夕飯を取れたらいいのにな――)


 そう思っていたのだが、一昨年おととしもそうだったが、こちらから誘いを掛けなければ向こうから何かアクションを起こしてくることは期待できない。これまでもそうだったが、そういう事に関してはキールには期待できないということをミリアはこの2年の間に学んでいる。


(明日こそ、キールに言わないと――。今年はアステリッドリディーもいることだし――)


 と、考えていた。



――――――



 翌日のことだ。


 デリウス教授の部屋へ向かって急いでいたミリアは唐突に背中から声を掛けられて、立ち止まった。


 声の主は、クリストファーだった。


「あ、ミリア! ちょっといいかな?」

そう言ってクリストファーはいつものように大して構えることもなく、ミリアを呼び留めた。


 ミリアもいつものように、ああ、クリス、どうかした? と答えたものだ。


「今年の年末祭だけど、僕に付き合ってもらえないかな?」


 その誘いは本当に自然で、また、唐突でもあった。

 さすがのミリアも予期していなかった誘いに一瞬言葉の意味が理解できなくて戸惑ってしまう。


「え? な、なに? どうしたの?」

「どうしたの、はひどいね。年末祭と言えばこの国のみんながお祭り騒ぎする一大イベントの日だよ? 僕が相手じゃ、不服だったかな?」


 いつもよりクリストファーの圧が強い。

 この子、こんなに強い目もできるんだ――と、変な感心をしてしまった。


「あ、いえ、そういう訳じゃないけど、去年は誘われなかったし、今年はどうしてかなと、一瞬戸惑っただけよ。気を悪くしたのなら謝るわ――」

「僕にとっては別に突然のことではないんだけどね。去年は、その……、言い出せなかったんだよね」

「え? そうだったの? でも、どうして――」

「ミリアに意中の人がいるって知ったからね。だから、言い出せなかった――」


「あ――」

ミリアは去年の夏にカインズベルクへいった時、嫉妬心と競争心のせいもあって、クリストファーも同行させたのを思い出していた。

「――ごめんなさい。わたし――」


「いや、ミリアは何も悪くないよ。これは僕自身の問題だからね。だから今年はちゃんとアプローチしようと思ってね。僕だって一応成長してるつもりだからね」


 確かに出会ってから1年半ほどだが、初めてであったころに比べてさらに男前に磨きがかかっていて、『年下だけど可愛いくて綺麗な子』から、『年下を忘れさせるほど男前で綺麗な顔立ち』ぐらいには大人度が増しているように思う。

 たまに触れることのあるクリスの腕などはがっちりしていてやっぱり男の子なんだなぁと思わせることもあるほどだ。


「あ、ああ、クリス、お誘いは本当に嬉しいんだけど――、私……」

「ああ、もしかしてもうキールさんとの予定が入ってしまってたのかな? いや、それならいいんだ、気にしないで。これは僕自身の問題だって、さっき言ったろう?」


「あ、いえ、キールとは、その、まだ……」

 約束はしていない、これからそれを取り付けるつもりなのだ、と言いかけたが、それが決まったらあなたとは行けないなんて、なんだか「キープ」しているみたいで気が引けるというものだ。

「いえ、ごめんなさい。その日は私もがあるの。まだどうなるかわからないけど――」


 そうなんだ、キールさんからはまだ誘われてないんだね、とはクリストファーは言わない。

 そこはクリストファーもわきまえているつもりだ。


「分かった――。じゃあ、この件はもう忘れて。僕にとっては君を誘うということが一番大切な儀式みたいなものだから。これでようやくまた一つ進めたと思うよ。――一年かかったけどね?」

そう言ってはにかむように見せた笑顔はとても純粋に愛らしかった。


 ミリアは心臓をえぐられたかのように胸に痛みを覚えたが、私にはこの子に応えてやることはできないと、強く心に刻み込んでいた。







   

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