第158話 そろそろそんな時期になりますね


 ボウンさんの話によると、僕の『記憶の芽』はすでに開放されているという事らしい。しかしながら、それに思い当たるような「夢」を、まだ、僕は見ていない。


(夢というものはいついかなる時にどのような夢を見るのかはまだ解明されておらぬ。気長に待つしかないのう。じゃが、きっかけがあればそれが引き金になって見ることがあるということもわかっておる。お前の場合は「バレリア遺跡とアステリッドの記憶」について調べていけばそのきっかけになる可能性が高いとだけ言っておこう――)


 ボウンさんはそう言って、僕を部屋から追い出すように右手首を振った。


(ったく、犬かよ?)


 もし僕が神様になったら、あんなに自己都合で人を呼び出したり、追い払ったりはしないぞ、と心に秘めたキールだったが、「神様」も相当忙しいと前に言っていたことも思い出す。


(――まあ、世界中の人を見てるんだから、僕一人にそんなに時間をかけてられないかもしれないしな――)

とも思いなおした。



――――――



 と、いうようなことがあったと、二人に話した。


「つまり、私の記憶開放をすれば、キールさんも記憶開放できるかもしれないってことですよね?」

「今の話を聞く限り、おそらくそういう事で間違いなさそうだが――」

アステリッドとデリウスが応じた。


「うん、だからまずは、4つの術式についてしっかりと発動するかを自分の体で試すことはできないんだよね――」


 これまで大抵の初めての術式発動は自分自身の体を使って試していたキールだが、今回ばかりは自分を使って試すことができない。


――いいですよ、私なら。キールさんにこの身を捧げます!


 と、アステリッドが、他人が聞いたら誤解しそうなフレーズを大声で宣言してくれたが、幸いデリウス教授と僕しかいなかったので、問題なさそうだ。もし、ミリアが聞いていたらと思うと、ゾッとする。


 でもなんで、ミリアが聞いていたら、とか思うんだろう。別にそんなに気になることでもないような気もするのだが、なんとなくだが気になってしまう。


(やっぱり、ハンナさんが言ってたように、僕って鈍感男なんだろうか? でも、何が鈍感男で、じゃあ、反対は敏感男? が何なのかもよくわからないな――)


 どうやら僕はそのあたりも生まれ変わる時に置いてきたのかもしれない――とか思ったりもする。

 しかしながらいつものことだが、この手の話にはきちんとした回答が出せないままになってしまう。

 やっぱり、考えるのをやめようと、結局はそう思ってしまうのだ。


 だがそこで「ハンナさん」のことを思い出したことがきっかけで、あることを思い出す――。


「あ! 去年――」

と言いかけて、キールは慌てて口をつぐんだ。


「なんですか、いきなり? 去年って?」

アステリッドは突っ込む。


「あ、ああ、何でもないよ。そう言えば去年はカインズベルクにいたなと思い出して――」

「カインズベルクがどうかしたんですか? 私の記憶の話と関係あるんですか?」

「いや、まったく関係ない」

「はあ? もうキールさん、たまにそうやって人をからかう癖、直した方がいいですよ?」


 別にからかっているつもりじゃないのだが、確かに全く関係のない話を思い出してしまったことには変わりない。ごめんね、アステリッド、と心の中で謝りつつ、今度は口に出さないように頭の中で思い浮かべる。


(やばかった――。また忘れるところだった――。でも、今年の年末祭は特に約束はしてないけど、やっぱり、何か考えないといけないよね――)


 きっかけは「ハンナさん」だ。彼女の顔を思い出したら、去年の年末祭にミリアへプレゼントをすると約束していたのを忘れて、慌ててカインズベルクのアクセサリーショップへ駆け込んだことを思い出したのだ。そして今年ももうそんな時期だった。

 やばいやばい、今年は忘れないようにしないと、と思いながら飲みかけのコヒル茶のカップに手を伸ばし、口に含んだ時だった。



「ところで、キールさん。今年の年末祭は何か予定あるんですか?」



ブ――ッ!

と、思わずキールは噴き出した。

ゲホッ、ゲホッ――!


「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか!? キールさん!」


 今日のアステリッドは、みんながいないことをいいことに、たまたまキールの隣にかなり近づいて座っていたため、被害を回避できている。もしここにいつも通りミリアやクリストファーがいたら、正面にいつも座っているクリストファーは大被害をこうむっていたかもしれない。


 まったく、アステリッドのタイミングの良さ(=悪さ)と言ったらとんでもない時があるよなぁ、噴き出したコヒル茶を拭きつつキールは思っていた。

「あ、ああ、大丈夫、大丈夫。でも、どうしようかみんなとまた相談しないとね――」

と返すのがやっとだった――。






 




 

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