第156話 太陽の光はやっぱり優しくて


 やはり、相当の魔力消費量だった。

 帰り道、キールはかなりの疲労で、足が重たく感じるほどだった。

 魔法を使用してこれほどの疲労感を感じたのは、カインズベルクからメストリーデへ戻る時に、『空間転移』と『幽体』を繰り返し限界まで使用した時以来だ。

 それでも、その時の方がまだ余力はあった。

 さすがにモンスターの出没する可能性のある野外フィールドで、逃げるか反撃するかもできないほどに消耗するのは自殺行為だ。だから、その時はまだ余力が残っていた。が、今回のこれはかなりきつい。

 

 ミリアとアステリッドや、諜報部の人たち、さらにはシルヴィオさんからまで回復魔法をかけてもらいながらも、徐々にしか回復できないほどだった。


「キール、大丈夫? まだ顔色がよくないわよ?」

ミリアがさすがに気遣って声をかけてくれる。


 しかし、きついからと言って誰かに背負せおわれて帰るわけにもいかない。


「――ああ、大丈夫。ゆっくりとだけどだいぶんと気分がよくなってきたよ」

そう返したものの、本心では足を前に運ぶのがやっとの状態だ。

(まったく、この魔法はかなりきついじゃないかよ? ボウンさん、殺す気?)


「無理はしないでね。まだ回復魔法の余力はあるから、きつかったら我慢しなくてもいいからね?」

と、ミリアがキールの顔を覗き込んで言う。


(ああ、本当はもう一歩も歩きたくないと言いたいところだけど、さすがにこんなところでそれは口に出せないというものだ)

キールは言葉を返すのもつらいため、片腕を少し上げて応えておく。


「しかし、あの光の魔法は相当の高位魔法ですな。キール殿がしっかりと詠唱されているところなど、わたくし、初めて見たかもしれませぬ」

シルヴィオがやや持ち上げたことを言う。

 しかし、キールは応答できない。

 かわって、アステリッドがこれに応えた。

「本当ですよ。わたしだって、ほとんど見たことないですし。あの魔法のクラスは何なのでしょう?」


「おそらく、超高度ランク、次元系の魔法なのではないですかな――。私も初めて見る術式でしたので、よくわかりませんな」


「ええ、超高度ランク――のようです――」

キールはそう答えるのがやっとだった。



 『昼の光デイライト』――超高度ランク魔術式。次元を超えて、太陽光をもたらすという術式である。先ほどのように閉ざされた空間であれば、その空間を完全に昼のように明るく照らし出すほどの光源を生み出すことができる。また、屋外で使用した場合は、半径約30メートルの円形の範囲を照らすことができる。「トーチ」の魔法が基本的には火炎系の応用魔法であるのに対し、この術式による光はまさしく「太陽の光そのもの」だ。

 光を生み出す魔法と言えばもう一つ基本術式の中に「閃光フラッシュライト」というものがあるのだが、この術式は魔素を集約してその圧縮圧によって一瞬閃光を生み出すという魔法で、パッと光がまたたくと即座に消失してしまうため、継続的な灯りをもたらすものではない。こちらの魔術式も通常クラスの魔術式である。



「でしょうな――。キール殿の消耗具合はかなりのもののようです。相当な魔力を消費するのでしょう。こんな、自然物のない無機質な空間なら魔力の充填もなかなかに難しく、自身の持てる魔力を消費して術式展開せざるを得ないとなれば、なおのことでしょう」

シルヴィオは自分の言葉を頭の中で反芻はんすうしながら、改めてキール・ヴァイスの魔術師としての素質を見せ付けられた気分になった。

(やはり、わたしでは到底及ばぬか――。この男、いったいどんな魔術師へ成長するのだろうか。願わくば見届けてみたいものだ――)

と、改めて思うのだった。



 2階層あたりにまで帰ってくる頃にはキールもやや調子を戻してきたようで、少し足取りが軽くなった。

 出てくるモンスターも相変わらずブラックスライムと巨大ローチ程度で、それほどの苦労もなく地上まで戻ってこれた。

 「円盤の部屋」で、光に照らされてはいたが、やはり、魔法で作られた光と、自然な太陽の光とでは明らかに「温かさ」が違うように感じたのは、キールだけではなかっただろう。


「ああ~、太陽だぁ――」

とアステリッドが大きく伸びをする。

 一同も空を仰ぎ見てやや傾きかけた日の光を充分に浴び、大きく息を吸い込み一息ついた。

 地下の陰鬱いんうつな空気と比べると若干冷たい気もしたが、かえってそれが清々すがすがしさを増しているようにも思える。


「みんな、ご苦労様――。今回の探索での収穫はおそらく人類にとって大きな前進になるはずよ。この冬の間にやらなくちゃならないことが山積みになったけど、もちろん、なげいているわけじゃない。むしろ、ワクワクで胸がはちきれそうよ!」

と言ったのは、エリザベスだった。

「帰ったら、早速さっそくロジャー・ミューランに会って、「コイル」の言葉の謎にとりかかろうと思うわ――」

と締めくくった。



 これにより、キール一味「学生部」の遺跡探索2回目が終了した。

 しかし、ここから先もさらなる無理難題が降りかかってくることを予想しているキールだけは、素直に喜んでばかりはいられないと思っていた。

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