第155話 明らかになったレーゲンの遺産


 部屋の中に入るがやはり暗くてよく見えない。

 シルヴィオの部下たちが魔法探知をかけてくれているので魔物がいればすぐに判別できるはずだから、部屋の中に魔物がいるということはないはずだ。


「じゃあ、術式を発動します。初め少し眩しいと思いますので、皆さんは数秒の間目を瞑っていた方がいいかもしれません――」


 キールのその注意の呼びかけに、周囲の皆が目を伏せるか覆うか、はたまた閉じるかをする。


『太陽の女神ソルティアよ、我に加護を与えこの暗闇に日の元と等しく光をもたらせ! 昼の光デイライト!』 


 キールの詠唱が終わると、目を瞑っていた者たちにもわかるほどの明るさが周囲を包む。

 

「もういいよ、ゆっくり目を開けて――」


 キールの合図で一同が目を開くと、そこは四角い部屋であることが分かった。だが、ただの四角い部屋ではない。


 無数に並ぶ机はすべて一方向、つまり部屋の奥へと向けられており、その机の上には四角い小さな箱が並んでいる。そして、机が向いている方向に斜めに下るような傾斜が設けられており、まるで、この間、観劇の時に訪れた王立劇場の小型版のような造りになっている。

 階段状に並んでいる机は4つか5つごとに分断されていて、その合間合間に部屋の奥へと下ってゆくように階段通路が4本設けられている。

 正面の部屋の奥の壁は、光沢のあるガラスの壁のようで、いま入って来たキールたちがぼんやりと映り込んでいる。ガラスの向こうは真っ暗な闇だ。


「これが円盤の部屋――!」

エリザベスがようやくたどり着いたその部屋の情景を目の当たりにしてやや興奮気味につぶやく。

  

「我々も何度か来ておりますが、これだけ鮮明な光の下で見るのは初めてです――。なんと言うか、まるで見たこともないような光景で、圧倒されますな」

部屋の入り口から中を覗いていたシルヴィオが後ろから声をかけた。


「机もどうやら木製ではなく金属製のようね。さあ、探索を開始しましょう。キール君、その魔法はどのぐらいの時間もつの?」

「そうですねぇ。おそらく10~15分というところでしょうか。さすがにすべての魔力を使い切ると僕もどうなるかわからないので、そのぐらいの時間でお願いします」


 その言葉に反応して強く頷いたエリザベスは、クリストファーに目配せをするとさっそくあたりを捜索しだした。


 キールも少し聞いているのだが、どうやら探しているはほとんどないらしい。

 今回の探索の目的は、物ではなくメッセージ、つまり、『記述』なのだという。


 しかし、専門外のキールたちではそれを見分けるのは難しい。結局はエリザベス教授とクリストファーに頼るしかないのだ。

 ほかの7人は、キールが灯りを維持する以外に、この部屋においてやるべきことはないと言える。


 ただ周辺に警戒しつつ、エリザベスとクリストファーが探索に集中できるよう援護することはできる。余計なものに触れて、想定外の出来事を起こしては時間をロスするだけなのだ。


 やがて数分後――。


「あったわ――。やっぱり、今までの明るさでは絶対に見つけられないものだったのよ」

エリザベスが一枚の書類を手にしている。

 クリストファーがその言葉に反応して駆け寄ると、その書類をのぞき込んで、次にエリザベスの方を見やった。

「やりましたね、教授せんせい。やっぱり、思っていた通り、メッセージでしたね」

「ええ、これで、次に進めるわ――」


「さあ、レーゲンの遺産を確認しましょう!」

「ええ」


 そのような会話が聞こえてきていたが、一同には何のことだかよくわからない。

 二人はいったい何を見つけたというのだろうか。


 二人はやがて、部屋の入口へと戻ってきた。

 そうしてそこからまた部屋の奥の方へと視線を移した。


「見つけたわ、レーゲン。あなたの遺産を――」

「なるほど、やっぱりそうだったんだ――」


「ちょっと、クリストファー? いったい何を見つけたというの?」

さすがに焦れたミリアがクリストファーに詰め寄る。


「ああ、ミリア。ごめん。レーゲンの遺産が見つかったのさ」

と言って、エリザベスから書類を受け取ると、ミリアの方へ差し出した。


 ミリアはその書類に目を落とす。


『部屋の入り口からこの部屋全体を見渡せ。後継者よ、これが私からのメッセージだ。 レーゲン・ウォルシュタート』


 書類にはその一文だけが記されていた。


「部屋の入り口から、この部屋を見渡せ――?」

そう言って顔を上げたミリアがあることに気付く。

「机の天板の色がバラバラ――?」


「おそらく、レーゲンが塗料を塗ったのだろう。モルスサインだ。古代バレリア文明で使われた一種の信号で、長音と単音を組み合わせて文字を表現している――」

クリストファーが答えた。確かに机の天板の色が2色にすみ分けされていて、なんとなく何かを意味しているようにも見える。こんな色の違いなど、今の灯りキールの魔法がないと見分けることなどできない。


「で? なんて書いてあるの?」

coilコイル、 mjurranミューラン


「ミューラン? ミューランって――」

「ああ、メストリル王立出版の創業家、現当主はロジャー・ミューランだ」


「あ――、じゃあ、そのミューラン家に何かがあるってこと?」

「ああ、おそらくはこのメッセージがなんだろうさ」

とクリストファーが応じると、

「帰ってロジャー・ミューランに会って、これを伝えれば、おそらくその『コイル』の言葉の意味も分かるはずよ――」

と、エリザベスが続けた。


「せ、教授せんせい、そろそろ時間です――。も、もう、いいんですか――?」

と、さすがに疲れた様子のキールが声をかける。


「ああ、ごめんなさい! 大丈夫! 収穫はあったわ、さあ、戻りましょう!」


 キールはその言葉を聞くと同時に、術式を解除して項垂うなだれた。

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