第153話 今自分にできることをやり遂げ次代へ繋ぐ


 クルシュ歴367年10月下旬――。


 エリザベスは、次回のバレリア遺跡の探索の準備を進めている。


 もうすぐ冬が来る。

 さすがに雪が吹きすさぶ中を探索するのはいろいろと面倒なことが多い上、身に降りかかる危険も増す。つまり、冬の間には探索は出来ないということだ。

 せめてこの冬が、無駄に時間が過ぎるのを待つだけにならない程度の研究材料は手に入れておきたい。そう考えている。


 ――せめて、『円盤の部屋』へ辿り着ければ、何かしら発見があるかもしれない。


 『円盤の部屋』とは、あの「金属の円盤」が発見された部屋のことだ。そこにはいくつもの箱のようなものが並んでいて、それもすべて金属製だという。

 光はなく、真っ暗な四角い部屋という報告が残っている。

 金属の箱の大きさは、高さ約50センチ、幅約15センチ、奥行き約50センチ程度のものだったが、その箱にはなんと言うか、何本もの「係留索」のようなものが伸びていて、それは地面や壁に繋がれていたとある。


 過去にここを訪れた、レーゲン・ウォルシュタートは『遺産』を後世の者へ残したと言われている。

 エリザベスもこの『レーゲンの遺産』を探している一人だ。クリストファーという助手を得て、彼女の研究は飛躍的な進展を迎えた。バレリア文字の解読作業のほとんどは彼が担当しており、レーゲンの残した書物の中にちりばめられた情報も大方整理ができてきている。


 その書物の中に、未だに発見されていない『遺産』の在処ありかの記述のヒントがあると踏んだ二人は、これまでに解読作業と検証、整理を進めてきた。

 そうしてその結果、一つの答えにたどり着いている。


――『レーゲンの遺産は円盤の部屋にある』


 しかし、円盤の部屋はこれまでも何度も探索されてきている。それでも見つかっていないのだ。

 そして、その『遺産』とは何なのか。その正体すらも未だに判明していない。


「おそらくですが、ではないのかもしれません――」

と言ったのは、クリストファーだ。


「モノじゃない? つまり、何かしらの物質もしくは物体ではないということ?」

と、エリザベスはその時反応したのを記憶している。


 クリストファーがこれに応じた。

 彼の考えによると、レーゲンという人物が発見したモノ、いわゆる物体は現在メストリル王立出版が管理しており、厳重に保管されている。そうして、王立大学の考古学研究室――現在はエリザベスの研究室のみ――にそのうちのいくつかは移管されている。その一つが、「金属の円盤」である。

 しかしながら、この円盤が一体何なのかはいまだに解明されていない。

 そこで、クリストファーは考えたのだ。実は、メストリル王立出版の保管庫に次の展開につながる何かが既にあって、ただ、公開されていないだけなのではないか、と。

 そう仮説を立てたとしたら、『レーゲンの遺産』とはその次に進むための「」なのではないだろうか、というのだ。


 エリザベスはその可能性のことをエリックに問うてみた。しかしながら、彼はそんな話は聞いたことがないと言った。

 しかし、続けてこうも言ったのだ。


「代々、ミューラン家はメストリル王立出版を預かる家で、その当主は世襲とされてきた。次は僕の代になるんだけど、現当主は父だ。だから、僕は知らなくても父が知っている可能性が無いとは言えない。ただその場合、おそらく、何かしらの条件が揃わなければ、有るとも無いとも言わないのだろう――」

と。


 レーゲン・ウォルシュタートと、メストリル出版の前身であるメストリル出版の当時の会頭だったウェンディ・ミューランとの関係については前に述べている。

 そして、レーゲンが手に入れたバレリア文明に関する資料の一切すべてを彼女に預けてこの世を去ったのだ。彼は後の世に現れるかもしれないバレリア文明の研究者へ彼が辿り着いたものすべてを託したのだ。そしてその資料などはすべて、ミューラン家が管理している。

 ミューラン家はこの「資料」の一部をすでに王立大学の考古学研究室へ移管しており、その一つが「金属の円盤」だ。


「そこにが有るにせよ、無いにせよ、確かめないといけない。私たちがこれまでに研究し、解読したものが何なのかを確かめる必要があるのよ。その為にはなんとしても、「円盤の部屋」へ到達しなければならないの――」

と、エリザベスはクリストファーに告げていた。


 しかし、これまでは、バレリア遺跡に入ることすら出来なかった。

 それが今、その遺跡に自由に出入りできるようになり、やっとエリザベスの研究が本格的に進展を見せるかもしれないという段階に入ったのだ。


(まったく、とはこのことだわ――。キール・ヴァイスとクリスには感謝してもしきれない――)


 もし彼らが出会っていなかったら、もしクリストファーと自分が同じ時代に生きていなかったら――。


 エリザベスもこれまでの研究者たちと同じところで足踏みをし、その先へ進むことはできなかったかもしれないのだ。


 だからこそなのだ。

 おそらくこんな幸運は長くは続かない。今の自分の代で進めるところまで進まなければ、また数十年以上も足踏みをするだけになってしまうかもしれない。


 エリザベス・ヘア現代のバレリア文明研究者は自身に課せらている役割を、それがどこまでであるにせよ、なんとしてでも全うし、次代の後継者バレリア文明研究者へ繋ぎたいと考えているのだった。

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