第152話 父母と別れて
その数日後、一同は王立劇場へ来ていた。
劇場は2階席まで満席で、一同、つまり、キール、ミリア、アステリッド、クリストファー、デリウス、そしてマイクの6名は2階の関係者席を割り当ててもらってそこで観劇をした。
キール自身、実は母の舞台を見るのは実に7年ほどぶりになっている。
前にも思ったのだが、その舞台の上で演じているあの女優が自分の母親だという実感がまるで湧かない。
と言っても、先ほど楽屋で支度を終えた後で出会ったところなので、姿かたちはさっき出会った時と全く違わないのだ。
なのに、舞台に立っている「母」はもう、キールの「母」ではない、別人のように思うのだ。
(前に見た時もそうだったな――)
と、ふと思い返す。
まして、前に見た時は、関係者たちにもまだキールのことを知るものが少なかったし、じいちゃんに連れられて行ったのもあったから、余計になんと言うか、居心地がよくなかったことを覚えている。
劇を見ててもよくわからないうえに、終わったらさっさと家に帰った。家まではかなりの距離があるから、帰りの馬車に揺られて眠くて起きたら家だったという感じだった。
「すごく綺麗ですね、お母さま――」
というアステリッドには適当に返事をしておいた。
しかし、彼女が綺麗だと言われて別に嬉しくもないのも事実だった。
休憩時間を挟んで、1部、2部と見終わる頃には、開演から4時間ほどが経っていた。昼過ぎから始まったため、もう夕方だ。
終劇後、一応軽く楽屋挨拶をして、父母ともそこで別れて一同は劇場を出た。
10月もそろそろ下旬に入ろうとしている。昼の時間は少しずつ短くなっているようで、そろそろ日が暮れ始めるといった感じだ。
結局のところ、父母とはほとんど時間を過ごしていない。あの日もキールの部屋は狭すぎるうえ、二人はメストリルのホテルを取っていたため、そこで過ごしている。
それに、その日も、なんとか時間を作ってキールに会いに来たようで、それから今日までは出会える日は一日もなかった。
「キール、お父様とお母様とは次はいつ出会えるの?」
そう聞いたのはミリアだった。
「さあね。来るときもいきなりだったように、次にメストリルへ来る予定なんかもまだ決まってないのだろうさ」
「なんていうか――。寂しいわね――」
「――?」
「あ、ごめんなさい。私の家には両親がいないってことがないから、よくわからないけど、私だったら少し寂しいかもって、そう、思っちゃった――」
「あ、ああ。気にしなくていいよ。もう慣れちゃったからね。それに、経済的にはとても世話になってるし、好きなこともさせてもらってる。これ以上何かを望むなんて、わがままってものかもしれないしね――」
「そんな――。子供が親になにかを望んじゃダメって、そんなことないわよ」
「まあね。そうかもしれない。でも、僕たちは平民だから。そうやって自分の生き方を自分で決めていかないといけないのさ。そして、いつかは自分の力で立たないといけない。精神的にも、経済的にもね」
「キールなら、もう精神面の方は問題ないわよ。それに経済的にも、いつだって収入を得ることができるようになるわ。でもね、子供が親と一緒の時間を過ごしたいって思うことはなにも遠慮することじゃないと私は思うよ?」
ミリアの目がいつにもまして真剣にキールを見つめている。
キールは少し自分の心の奥をのぞき込まれたような気持になって、恥ずかしく感じた。
「ありがとう、でも、大丈夫だよ。僕にはもうミリアたちのような友達がいるからね。毎日が楽しいんだ。それこそ、僕の方が父さんや母さんのことを忘れちゃってて申し訳ないぐらいにね」
「――あ~! ミリアさん! またキールさんを独り占めしてますね? ズルいですよ? キールさん、わたし、うどんが食べたいです! うどん屋さん、行きましょう!」
アステリッドが二人の様子を見て割り込んでくる。
それにしてもいきなり、「うどん」というのは、アステリッドなりの対抗意識の表れだろう。
「アステリッド、メストリルにはうどん屋さんはないんだよ。――そうだなぁ。あ、そう言えば、ジルベルトのやつがおでん屋があるとか言ってたな――。僕も行ったことがないけど、行ってみるかぁ」
「おでん?」
「ああ、おでん、だ」
「なんか変な名前の料理ですね。それ、おいしいんですか?」
「ん~。どうだろう。聞くところによると、その「うどん」と「おでん」は親戚関係らしいってジルベルトが言ってたよ?」
「ホントですかぁ? なんかいまいちあの人
まあ元暗殺集団なのだから、胡散臭いのは仕方ない。
「――でも、キールさんが言うなら私はそこでいいですよ? ミリアさんのお口に合うかはわかりませんけどね?」
アステリッドがまたミリアにけしかける。
「わ、私だって、おでんぐらい食べれるわよ?」
「え~。食べたことあるんですか? おでん」
「ない、けど――」
ないんだ――と思ったのは。クリストファーだ。全くこの二人のやり取りは、可笑しい。
「くくく……」
と声を殺して笑ったクリストファーに、すかさずミリアが詰め寄る。
「こら! クリス! あんた、一人だけヒュリアスティ・レリアルの直筆サインもらって、ズルいんだから!」
「ミリアだって、もらえばよかったじゃないか?」
「わ、私の家に飾ってある彼の絵は持ち運べないのだから仕方ないでしょ!」
「あ、それにサインもらったの僕だけじゃないから――」
「え? 他に誰が?」
デリウスがそそくさと先に行こうとする。
「デリウス教授もハンカチにレオローラさんのサインもらってたよ?」
と、クリストファーが暴露する。
教授が? いつの間に?
とキールは思ったが、まあ、そんなことはどうでもいい。
日はとっぷりと暮れてしまって辺りは夕闇に包まれてきたが、街並みに灯り始めた街灯の明るさが、みんなの横顔を柔らかく照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます