第150話 二年半という時間は長いか短いか
結局、デリウス教授までついてきて、キールを含めた総勢5名がキールの下宿宿へ向かうことになった。
しかしさすがにこの人数が部屋に入ると、あと、父母を入れれば7人も一部屋に入ることになってしまう。それほどの部屋の広さはない。
仕方なく、下宿宿の管理人さんに頼んで、一階の食堂を使わせてもらうことになった。
現在この宿にはキール以外の者は住んでいない。管理人さんとキールの二人だけだ。
そういう意味では、管理人さんとはもしかしたら最近では一番一緒に時間を過ごしていることになるのかもしれない。少なくとも両親よりは断然に長い。
これまでこの管理人さん、名前も紹介していなかったので、改めて紹介しておこう。
名前はマーサ・レンブル。女主人だ。実は伴侶は行商人で、世界中を渡り歩いている。その伴侶のケーラン・レンブルと、キールの父ヒュリアスティ・レリアルことマイク・ヴァイスは旅先で意気投合した親友同士だ。互いに同郷ということもあり、画材の調達なども兼ねて、結構頻繁に出会っているらしい。その縁で、この家の一部屋を「下宿宿」としてキールに貸しているという訳だ。
マーサとケーランの間に子は無かったため、一人で生活するよりも張り合いがあるということもあり、夫妻は快諾してくれたという。キールの両親とレンブル夫妻とは、キールが上京して王立大学に入学するときに一度顔合わせを済ませている。
マーサは旅先で夫が知り合った男とその妻の二人がまさか、あの有名画家と人気演劇女優とは思いもしなかったため、とても驚いていたが、二人のことを聞いて、黙ってキールを預かってくれているのだった。
ちなみにミリアとマーサは一度出会っている。キールがメストリルを脱出した直後だから、約1年半以上前のことになるか。キールの置手紙と部屋の鍵を、部屋を訪ねてきたミリアに手渡したのがマーサだった。
「あら、あなた――。私の言ったとおりだったでしょ? この子はまた帰ってくるって――」
ミリアを見たマーサが優しい微笑みを向けて話しかけてきた。
「その節は、お世話になりました――」
と、ミリアは深々と頭を下げた。
あの日、キールの手紙を渡され、部屋の鍵を預けてくれたマーサの心遣いにミリアはどれだけ救われたろうか。彼女はキールの部屋を見て決意を固め、次の年度末休暇にキールを追ったのだ。そして、カインズベルクで探し当てた。
「あれ? マーサさん、二人は?」
「ああ、一旦来たんだけどね。まだ帰らないって言ったら、また出かけて行ったわよ。そのうち戻ってくるんじゃないかしら。このぐらいの時間には戻るって言っておいたから――」
二人は? と聞いたキールの質問に、マーサの答えはすんなりとした反応だったことを考えると、やはり、二人でやってきたようだと推測する。
どこへ行ったのかもあてもない二人をまた探しに出るのは無駄というものだ。どうしようか思案をしていると、ミリアがマーサさんに提案をした。
「あのう、これつまらないものなんですが、メストリル城下の焼き菓子屋で買ってきたんです。みんなで先に頂きませんか?」
「あら、これってもしかして、『丸いお皿』亭の――」
「ええ、フルーツマフィンです。最近ちょっと
そう言えばさっき、ミリアが少し寄るところがあると言って、城門で待っててと言って駆け出して行ってたっけ、と思い出す。これを調達に行ってたのか――。
「前にお世話になったお礼もできていませんでしたから――管理人さんにもと思いまして」
「あらあらあら、私、お菓子には目がないのよね。ありがとう。じゃあ、私もとっておきの紅茶を用意するわ」
そう言ってマーサさんはキッチンへと下がっていった。
それから数分後、玄関の開く音がしたかと思うと、麗らかな声が響き渡った。
「マーサさ~ん。あの子もう戻ってるかしら~」
母の声だ。キールはやや恥ずかしくなる。
「ったく、そんなに大声で叫ばなくてもいいだろうに――」
キールは思わず
一同はその声の主がキールの母、レオローラ・ジョリアンの声だとわかると、彼女が現れるのを
なんと言っても、超有名女優、演劇界の女王と言われるだけの人だ。こんなところで出会える人ではない。
「母さん――! 大きな声で叫ばないでよ。食堂にいるよ――」
「ああ、キール! キールなのね! 懐かしいわ――、何か月ぶり――か、しら?」
レオローラ・ジョリアンことカーラ・ヴァイスは食堂の方へやってきて中を覗いた瞬間に固まってしまった。
そこにはキールのほかに4人の人影がいたからだ。
一同が、ざざっと立ち上がり、口々に、叫ぶ。
「あ、あの! お邪魔しています!」
「わ、私、大ファンなんです!」
「は、初めまして! 級友のミリア・ハインツフェルトと申します――」
「わ、私はキール君の学校のえーと、教授をしております――」
「え? 何だ? キール、何が起きてるんだ、説明してくれ――」
とは、カーラの後に続いて入ってきたマイクの言葉だ。
そこへお茶を持って運んできたマーサは、
「あらあらあら、もう帰ってきちゃったの? じゃあ、もう二つお茶を用意しないとだわね――」
とそう言って、またキッチンの方へと下がっていった。
「やあ、母さん、父さん。30ヶ月ぶり――」
先ほどの母の問いに、皮肉一杯に応えるキールだった。
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