第149話 母親来襲?


『明日、あなたの部屋に行くから。母』


 たったこれだけの文章をわざわざ郵便をつかって送ってくることかと、キールは母の相変わらず奔放で意味が分からないところに突っ込んでいた。


 大学が終わって、みんなと別れ、先ほど部屋に戻ってきたのだが、下宿宿の玄関に入るなり、管理人さんに渡された手紙だ。


 裏書には、『母』とだけあり、中に入っていた便箋――もはやメモ――には先ほどの一文が記されているだけである。


――ったく急になんだよ? で、親父は一緒なのか? それすらわからないじゃないか。


 しかも、いつ頃来るのかも記していない。

 これでどうやって、出会うというつもりか。


――仕方ない。明日朝、管理人さんに、来たら部屋へ案内しておいてくださいとお願いしておくしかないか。明日もこれぐらいの時間になるからって言っておかないとな――。


 それにしてもあの人たちの自由奔放さには呆れるばかりだ。キールの記憶では、キールが初等学校を出るころにはもう家に二人はいなかったように思う。

 そのころの記憶と言えば、じいちゃんと二人でご飯を食べている記憶しかない。

 おかげで、基本的には何もうるさく言われることもなく、好きな本を読んで、適当に勉強してやってきた。役人になりたいから王立大学の法政学部に行きたいと言った時も、特に反対されることもなく、すんなり了解してくれた。


――そうだった。なんか忘れかけてるけど、僕って、役人になるつもりだったんだよな。


 どうして役人になりたいと思ったの? と、もし誰かに聞かれたら、なんて答えるのだろう?

 そう言えば今まで誰にも聞かれたことはなかったな――。


――そもそも僕って、はっきりとした目的意識があって、役人になりたいと思っていたのだろうか?


 ミリアを見ていると、あいつは初めから政治関係の仕事に就くつもりでいたように見えるし、あの親父さんの後継者としてや、魔術院の上級役員としてなど、そっち方面の未来を見据えてここまでやってきたという感じだ。


 それに引き換え自分はどうだろう?

 今から思い返してみても、「どうして役人」なのか、明確な理由なんかないように思う。一つ言えるとすれば、いつもいない両親、自由奔放な両親とは自分は違うんだとそういう意地を張っていたのではないだろうか?

 特に明確な目的もなく、何かを為したいと考えていたわけでもない。ましてや、人のため国のために働きたいと思っていたわけでもないように思えてくる。


 僕は、「何者」になりたいのだろう――。


 これまであまり考えていなかった命題を改めて突き付けられてみると、これだという答えが見当たらない。


 ミリアは政治家。アステリッドは魔術院の魔術師。クリストファーだって、平民という家柄を充分に活かして、自由に研究に身を捧げるつもりのように見える。

 みんな、それぞれに将来の目標みたいなものを持っていて、少しずつでも前進していると言える。

 そう考えてみると、いったい自分がどうしてここにいるのかという根源的な問題にぶち当たってしまい、ここにいていいのか? というよくわからない問いが降ってくる――。

 

 いや、やめよう。


 こんなことを考えていたって、答えは出ないどころか、無気力になってしまうだけだ。それこそ、「なんで生きているの?」なんて、哲学的な問いを真剣に考えて、のように、自決する羽目になりかねない――。

 いろいろと本を読んできたキールにとって、こういうところが本を読んできてよかったところであると言えるかもしれない。

 

 確かに一言一句、覚えている小説や物語なんて一つもない。


 だけど、そこに登場する人物たちや出来事、思ってもいなかったような展開や状況など、そのときにどうなったかということの積み重ねが、キールの行動に幅を持たせているのだと思うのだ。


 そしてこういう状況を打破する一番の方法は、


「深く考えすぎない」


ということに尽きる。


 考えると、泥沼にはまって抜け出せないことがある。そうなると周りのものが見えなくなったり、周りの人を疑ったりしてしまう。

 そうして最後は、『絶望』する。


 もたぶんそうだったのだろう。


――ん? ところでさっきから出てくる、って誰のことだ?



 キールは思い返してみるが、自身が読んだ書物に思い当たるような作家はいない。

 まあいつものように忘れてしまっただけなのだろう。そうだ、もう考えるな。明日のことだけ考えよう――。


 明日、何しようかな――。



******



 翌日、放課後――。

 いつものようにデリウスの教授室に集まって、ワイワイとやっていた時だ、アステリッドが唐突に切り出した。


「ねえ、キールさん! 今週末の王立劇場の演劇ですけど、お母様がおいでになるんですよね? その、私もファンなんで、ご挨拶とか――できませんか?」


――なんだって!?


「え? そうなの?」

キールが驚いて応えた。


「え? もしかして知らなかったんですか?」

「どういうこと? あんた、自分の母親が帰ってくることも知らなかったの?」

アステリッドとミリアがさすがに目を丸くして驚いている。


「ははは、今初めて知った――。そうかそれで今日突然部屋に行くとか言ってきたのか――」

キールが思わずつぶやく。


 キールの周りから急激に数人の圧力が襲った。


――あ、あら? みんな、ちょっと怖いですけど……?



 結局その後、ここに居合わせたはこのあとキールの部屋へ移動することになった。

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