第146話 告白


「ちょっと見てよこれ! こんなことが信じられるかい?」


 神との再会の翌日のことだ。

 キールはデリウスの教授室に入ってきたミリアに向かって、待っていたと言わんばかりに叫びかける。


「な、なによ、いきなり! びっくりするじゃない!?」

その剣幕にミリアは一瞬たじろいで何ごとかと驚きながら返す。


 キールは『真魔術式総覧あの書物』を開いたまま勢いよくミリアに接近する。

「ほら、これ? 全部統一語に置き換わってるんだよ! 昨日、ボウンさんに会って、そしたら、読めるようにしたって、で、これなんだよ!」


 開いた本を見せるため、ミリアの隣に並んで頬を寄せるような形で擦り寄ってくるキールと、ミリアの肩と肩が接触する。


「ち、近いわよ!」

そのあまりの勢いに気おされて思わずキールを押し返してしまうミリアだったが、内心、昨日考えていたことが再燃してきてどぎまぎしていた。


「あ、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど――」

「もう! いいわよ。それで? 何があったって?」

慌てて釈明するキールに対して、あくまでも落ち着いた風を装ってミリアが返す。


 キールは昨日の夜起きたことをミリアに話した。

 ボウンに会ったこと、“root”のこと、そして『総覧』ガ読めるようになったこと。


「ごめんなさい、キール。言っている意味がよくわからないんだけど? 『総覧』には前と何も変わりはないし、それにそのボウンって、ロバート・エルダー・ボウン本人ってこと? その人に会ったって、どういうことなのよ――?」


「あれ――? あ、あ――!! しまった! 僕てっきり話したつもりでいたんだ――。そうか、そうだ、そう言えば言ってなかったかもしれない――」


「――?」


 と、そこへ、アステリッドとクリストファー、そしてデリウスまでもが扉から入ってきた。


「なんですか? 何か大きな声がしてたように聞こえたんですけど――?」

部屋に入るなり、アステリッドが問い詰めてくる。


 そのアステリッドの顔を見て、彼女と交わした会話の記憶が鮮明によみがえってくる。


 

(『なんなんですか急に――神様なんて』

 『うん、昨日会ってきたんだよね、その神様という人に』

 『はあ!? ちょ、それ大声で言わないでくださいよ?

  頭のオカシイ人と一緒にいると思われたくないですから』)



 そうだった。

 そりゃそうだよね、って思ってそこでそれ以上話すのをやめたんだった。

 そうして今まで、自分が『神』に会ったってことを打ち明けないままで、ここまで来てしまったんだった。


「――何を話してなかったって? キール! あんた、まだ何か隠してるわね!?」

「あ、いや――。隠してるつもりじゃなかったんだけど、言いそびれていた、というか――」


「もう、二人して、何の話をしてるんですか!? 私にもちゃんとわかるように説明してください!」

アステリッドもさすがに要領を得なくていら立ちを覚えている。


「あのう、実は――ですね? 僕、『神候補』とか言うのに選ばれてまして――」


 一瞬、室内に静寂が流れる――。

 キール以外の4人が明らかに呆気あっけにとられて、次の言葉が出ないような感じだ――。


 少しの間の後。


「――それで……? 昨日そのボウンと会ったって話まで、ちゃんと説明してくれるのでしょうね?」

ミリアがようやく言葉を返した。しかしその言葉にはもう、キールを問い詰めるような圧力は含まれていない。

 どちらかと言えば、幼子おさなごをあやすような、なかあきらめといつくしみが混じったような優しい口調だ。


 その言葉がきっかけで、一同は落ち着きを取り戻す。

 そうだ、今さらこの男、キール・ヴァイスについて驚くようなことは何もない。これまでも、そしてこれからも、おそらくこういったことは都度起こることだろう。

 彼は抱えているものがいろいろと多いのだ。

 そうして、それを彼もまだ受け入れられていないこともあるのかもしれない。その自身も整理できていないことを、言うべきか言わざるべきか、いろいろと思い悩んでいるという事もあるのだろう。


「――ありがとう、ミリア。僕はもうてっきり君に話したつもりでいたんだ。でも、たぶん僕自身、整理がついていなかったんだろうね。それで、話す機会がないままここまで来てしまったんだろう――」


 そう言うと、キールは落ち着きを取り戻したように、丸テーブルのいつもの席へと戻って腰を下ろした。

 一同も、それに合わせて定位置に着席する。


 全員が着席するのを待って、キールは『神との邂逅ボウンさんとの出会い』について話し始めた――。






 

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