第145話 読める


 部屋に戻ったキールはさっそく『真魔術式総覧』を開いてみた。


 なんという事か。

 あれだけよくわからない言語が並んでいた書物の記述が、すべて統一語に書き変わっているではないか。


「あ、読める――」

って、おいおいおい! この2年以上の時間は何だったんだよ!? こんなに簡単に読めるようになるんなら、初めからそうしておいてくれよ!

 と、本気で思ったが、まあ、ボウンにもいろいろと都合というものがあるのだろう。

 

 おそらくのところ、僕はいろいろと試されているのだ。本当に「」のか、ということをだ。

 つまりは、この先もいろいろと「試練」が課されるのかもしれない。それをクリアしていかなければ、「素養なし・失格・落第」というわけだろう。

 

(ったく、「神」と「試練」ってなんでこんなに相性がいい組み合わせなんだろうな――。結局これでなんでも理由がついてしまう)


 そこで、先ほどのボウンとの会話を思い出す。


(「前にいた神候補のひともあの『総覧』を読んだってことだよね? それなのになんでその本が王立書庫にあるのさ?」

「それについては今はまだ話せん、じゃから聞くな」)


 ああ、なるほど、おそらく前にいた「神候補」はのではないだろうか? 試練をクリアできなかったため、神候補から落選した、だからまた『真魔術式総覧』をしなければならなくなった。ということではないだろうか――。


 どうだとしても、今考えても答えが出ないことだ。

 それより、記憶に関する4つの術式を探すのが先だ。


 そこからキールはその術式を4つとも見つけ出した。それはそれこそキールとアステリッドが何度も何度も読み返していたところにあった。


(なんだかなぁ――。「神」の力ってちょっと、ご都合主義的じゃないですか? なんというか今まで真剣に悩んで悩んで何度も何度も読み返していたのが馬鹿らしく思えるよな――)


 キールは少し、嫌な気分になった。

 世の中のすべてのことがこんな風に神の気まぐれで出来ているのなら、もっといろいろと「できること」があるんじゃないのか、とも思った。

 つまり、なんて言うか、まだ僕にはよくわからないけど、もうすこし「住みやすい」世界を作ることもできるんじゃないかということだ。


 もし自分が神になったら、そういう世界を作れるのだろうか?

 しかし、キールにはまだ、「どんな世界がいい世界なのか」という問いに対して、明確な答えを持ってはいない。

 

(っていうかさ、僕にそんなことができるようになるのかな? たしかに「神様ボウンさん」は素養があるとは言ったけど、絶対になれるとは言っていない。それに、前の候補者が落第だったのなら、その人はどうなっちゃったんだろう? どこまで進んでいたかにしろ、幾らかは進んでいたはずだよね? 落第になっちゃった候補者はどうなるのかな? まさか、死――? それとも、消滅?)


 そこまで考えてキールは頭を振り、今考えたことを頭から放り出そうとした。いくら考えても答えの出ないことが多すぎる。つまりは考えたって無駄なことということかもしれない。

 進むしかないのだ。

 たぶんそれが唯一の答え、なのだろう。



 キールは今発見した4つの術式を最優先で習得することに集中しようと決意した。

 これまでもそうだったが、解読できたものはすべて発動させることができている。だったら、この4つの術式も発動できるはずだ――。


(――まずはそこからだ)



******



 ミリアは、あのアランとレッシーナの一件以来、いろいろと思い悩んでいた。


 お父様は平民の出身だった。それにそのお父様の口から、「貴族と平民が婚姻をすることができないという法はない」という言葉が出た。

 

(つまり、私とキールも――?)


 と思ったところで、顔が急激に上気するのがはっきりとわかった。


(いやいやいや、ない、ないわよ。私はともかく、あの貴族嫌いのキールが貴族になるなんて、天地がひっくり返ってもないわ――)


 でも、私が平民になるっていうのはどうなのかしら?


 ミリアの頭の中でもう一人のミリアがささやきかける。

(ミリア、貴族の家系にこだわるなんて、もう今の世界ではあまり価値のないことかもしれないわよ? 好きな男の元で幸せな家庭を作る、そんな普通の幸せだってあるかもしれないじゃない?)


 でも、そうなると、この家はどうなってしまうのか?

 残念なことに、ハインツフェルト家には今のところ家系を継ぐ者はミリアしかいない。ミリアには兄弟がいないからだ。

 もし、ミリアが継がない場合、養子をとるか、あるいは貴族籍の返還をするかになるだろう。

 

 やはり、それは出来ない――。


 ミリアは幼少のころから、このハインツフェルト家を継ぎ、父と同じく国王をお支えし、メストリル王国に尽くそうとここまで修練を積んできたのだ。高等学院卒業の折、国家魔術院に即時就職せず、王立大学の法政学部に進んだのもそのためである。

 

 つまり、魔術師として国家を支えるのではなく、政治家として国家を支えたいと思っているからだ。


 おそらく、キールもそういう私だからこそ今の付き合いがあるのだろう。

 ただお洒落して男子に言い寄るかわいいだけの女の子だったら、今のような信頼関係も、ここまで深い友情も何もなかったかもしれないのだ。


 でも、本当のところはどうなのだろう?

 ミリアがそう思っているだけで、実はキールの方は案外そういう女の子の方が好きなのかもしれない――。


 ミリアは答えの出ない思考をぐるぐると繰り返すだけに終始していた。


 




 


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る