第144話 ルート
キールは仲間と別れた後、下宿宿の自分の部屋に戻ると、早速『幽体』の魔法を発動した。
すぅっと意識が世界から離されてゆく感覚の後、自身の体が別の次元に入って行くのがわかる。さすがにこの不思議な感覚にももう慣れてきている。
やがて、真っ白い空虚な空間にキールは漂っていることを確認すると、現世との接合点をしっかりと把握したうえで、周囲を一通り見渡す。
その扉はいつものようにキールのすぐ先に漂っていた。
「扉」と「接合点」の位置関係を確認したキールは扉へとふわふわと漂ってゆく。あらかじめこの位置関係を把握しておかないと、帰れなくなってしまうかもしれないか、適当なところから戻るしかないからだ。
適当なところから戻れないこともないのだが、縮尺が約1000倍の世界だから、10歩も離れると10キロも先に出てしまう。しかも方角もわからないとなれば、部屋に戻るのに下手すれば一晩以上費やしてしまうかもしれない。
といって、何かそこに目印を打つような方法も今は何も思いつかない。
(これ何とかできないかな――。せめて方角だけでもわかるようになれば、もう少し使い勝手がいいのだけど――)
と思いつつ、扉を開ける。
扉の中は真っ白い部屋。そしていつもどおり白髭のじいさん、「
「ようやく来おったか。おまえ、この次元のはざまの方角がわからんとか今言っておったろ? なぜ気づかん? 光がさす方が南じゃ」
「光? そんなのありましたっけ?」
「帰りによく目を凝らしてみてみろ。ちゃんと光がさしておる」
まあ、「神」がそういうのだからそうなのだろう。それで僕をだましたところで、僕が帰れなくなって困るのはこの「神」も同様なのだ。まさか騙したりはするまい。
「ありがとう、ボウンさん。帰りにもう一回よく見てみるよ――。で? 何の話?」
「おお、そうじゃった。南の遺跡に到達したからの。褒美じゃ。おまえ、“root”を覚えておるじゃろうな?」
キールの頭の中に、その“root”という文字が浮かび上がる。
「それじゃ、それは“ルート”と読むんじゃが、言葉の意味は「根源、根拠」などという意じゃ。つまり、カギの一つじゃな――」
キールはその言葉をしっかり覚えている。
それは、今キールが探し続けている4つの「記憶に関する術式」のすべてに共通しているとみられている語句である。これを見つけろと、あの赤い背表紙の本に書いてあった。そういえばあの赤背表紙の本のタイトルはなんだったっけ? と、思ったが今はその本のタイトルなど急ぎではない。
しかし、『真魔術式総覧』には“root”とは記載されていないため、あてはまりそうな語句を探していたのだが、一向に判明しなかったものだ。
「そうそれだ! その語句がわからなくて先に進めないんだよ!」
キールは思わず叫ぶ。
「分からぬのは当たり前なのじゃ。わしが書いたのだから、その理由は明白なのじゃがな。お前が求めている4つの術式には封印がかかっておる。わしがその素養を認めたものにしかその封印の解き方を教えんのでな。じゃから、これまではいくら探しても見つからなくて当然なのじゃよ」
「エ――!? それって、『チート』じゃんかよ!」
「うるさいわ! 『チート』の意味も分からんで使うな!」
「あ、ホントだ。チートって何?」
「それはもういい! それで、その封印を解く術式を授ける、それが褒美じゃ――」
「――では教えてください」
「もう終わった」
「はい? 何も教えてもらってませんけど?」
「お前はその言葉がもうわかるようになっておる。というよりも、あの本すべて読み解けるようになっておる」
「…………。うっそだぁ~。さすがにそれは――。え? マジですか?」
「マジじゃ――」
「ええええええ!? いくらなんでもそれはチ――」
「うるさいわ! そもそもあの書物は暗号と封印でできておる書物なのじゃ。わしが現世に置いておいたものじゃからの! わしはアレを使って素養のあるものを探しておるのじゃ! で、いまはそれがお前ということじゃ! そういう設定なのじゃ!」
「今は、ってことは前にいた神候補のひともあの『総覧』を読んだってことだよね? それなのになんでその本が王立書庫にあるのさ?」
「それについては今はまだ話せん、じゃから聞くな。それはまだ先の話じゃ――」
キールはそのボウンの奥歯にものの挟まった言いぐさが気になって問い詰めてはみたが、それに関しては最後まで話してはもらえなかった。
結局、それよりも帰って早速『総覧』に目を通せということで、部屋ごと消え去ってしまった。
キールは次元のはざまに漂いながら周囲を見渡すが、目印としていた扉ごと消えてしまっていたため、方角がわからなくなってしまった。
『ちょっとぉ! せめて扉だけでも置いて行けよな!』
と念じると、ぽんと扉だけがまた現れる。
さすがにその扉を開けたところで、どうせ「扉」だけしかないのだろう。おそらく部屋はもうないはずだ。
『ありがとう、ボウンさん、またね――』
キールはそう念じて、一つやり残したことを思い出す。方角の件だ。光がさしている方が南と言っていたが――。
そのことに注意して辺りを見回すと確かにある方角がほかの方角より若干明るいことに気付く。
(いやいやいや、この程度の差って、言われなきゃ気づかんだろ!)
と突っ込みたくなったが、どうやらボウンはもう聞いてはいないようだ。
キールは再度現れた「扉」との位置関係を頼りに接続点を探し当て部屋に戻った。
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