第133話 二度目の南征


 クルシュ暦367年9月半ば――。

 キールとその仲間たち数名はウォルデランの南の地にいた。

 突然降って湧いたように旅程が決まり、デリウスを除く“学生部”の4人と、エリザベス・ヘア教授の計5名がバレリア遺跡へやってきている。


 現在、王立大学は夏季休暇中だ。少し遠方に旅行に出るとすれば、今しかない。

 10月になればまた大学の講義が始まるからだ。その後のまとまった休みとなると、後期終了後の年度末休暇まで待たねばならない。つまり、半年以上向こうの話になってしまう。


 ちょうど、クリストファーの手伝っているエリザベス・ヘア教授も余暇ができたため、どうしても一度見ておきたいという事になり、急遽、旅程が組まれたというわけだ。教授が同行するという事になれば、旅費は王立出版が負担することになる。

 前にも話したが、メストリル王立出版はバレリア文明の研究をサポートすることを社訓として掲げており、国王からの王命も受けている。現在、メストリルにおいて王国が公式に認めているバレリア文明研究家はエリザベスだけだ。つまり、メストリル王立出版がサポートするバレリア文明研究家は彼女一人であり、その研究成果はすべて王立出版から出版されることになっているのだ。


 9月が始まって少しした頃、この話が持ち上がり、準備を整え出立したのが10日過ぎ、そしてそこから約4日ほどの旅程で一行は現地に到着したというわけだ。

 出立前にキールからウォルデランの国家魔術院宛に手紙を送り、バレリア遺跡の探索を願い出ておいたため、ウォルデラン王都に到着した後、ゲラードの元へ赴き、正式に許可証を発行してもらい、そこからさらに約2日かけて到着したという次第だ。ちなみに、ウォルデランからはもう一人、一行に加わっている。ウォルデラン国側の付添人という事で、あの男がついてきていた。


「こんなに早く、またお会いすることになるとは、少し驚きましたよ?」

その男はキールにそううそぶいた。

「出会わなくても、僕の行動はそちらにはある程度筒抜けなんでしょう?」

キールはその男、シルヴィオ・フィルスマイアーに皮肉混じりに返す。


「それは、まあそうですが。それがわたくし、国家魔術院諜報部長の主命でありますのでな」

シルヴィオの言葉がやや誇らしげに聞こえるのは気のせいというわけではなさそうだ。この男もおおやけの肩書を得て、表舞台に出れたことを今となっては喜んでいるのかもしれない。


「『シュニマルダ』の方たちの最近の生活はどうですか? 今は正式に国家魔術院の職員として働かれているのでしょう?」

キールはあの日打ちのめした魔術師たちのことを聞いた。


「ええ、ゲラード様の計らいにより、それぞれが正式に雇用されましたので、報酬もしっかりと出るようになりました。確実に生活の質は向上いたしました。ありがたいことです」

シルヴィオはキールとの決闘の結果という事を充分に理解しているが、そこにはまだ元頭目という彼なりの誇りプライドもあるのだろう。直接的に「キールのおかげ」とは言わない。


 キールはそのことを少し可笑おかしくも思ったが、そこを掘り返すほど無粋な真似はしない。

「そうですか。それは良かった。ゲラード様のお役に立って更なるご活躍をされることを祈念しています」

とだけ返しておく。


「キール殿は、『疾風』様にお会いになられましたね? どうでしたか、彼女との関係はうまくやれそうですか?」

シルヴィオはリシャールとキールが会談したことを知っているぞ言わんばかりに聞いてくる。


「どうですかね。僕のことはともかく、ミリアの味方にはなってくれるようなので、まあ、大丈夫なんじゃないでしょうか」


 そう言ったキールの言葉にシルヴィオは、栗色長髪の女学生、メストリルの若きホープ、ミリア・ハインツフェルトの後ろ姿に視線を移す。

「彼女のあの時の魔法、『グラスウォール』とかいう魔術式でしたか。あれもキール殿の御指導によるものなのですか?」


「いえ、あれはミリアしかできない錬成術式ですよ。彼女の独学によるものです。僕にはあんなに複雑な錬成術式は出来ませんよ」


「彼女もやはり、噂にたがわぬ天才、ということなのでしょうな――」


「そうですね、そもそも彼女は僕の魔術の師でもありますから――」


「ほう。それは初耳ですな――。キール殿は彼女から魔法を習われたと、そういうことですか?」


「厳密にいえば、素人同然だった僕に基礎から教えなおしてくれたというところです。なんせ、僕はミリアに出会った頃はまだ、基礎術式すら知らなかったので――ね」


「ほう、そうだったのですか――。つまり、2年半ほど前までは完全に素人だったと、そういうことになるわけですね。聞くだけであなたの素質の高さに恐怖を感じますよ。そこから先日のあの日までの間にそこまで成熟為されるのですから。今私の足が付いていることが私より数段上を行っておられる証でしょう――」

シルヴィオは正直にキールに対して敬意を伝えている。


 キールにしてみれば、少しこそばゆい感じがした。



 

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