第134話 バレリア、太古の遺跡
バレリア遺跡と呼ばれるこの遺物群は、ウォルデランのさらに南、渇きの平原と呼ばれる場所に存在していた。領土的にはウォルデランの領土内になる。そこからさらに南下すれば、隣国ケウレアラとの国境となるが、もちろん地面に線が引かれているわけではない。
過去において、メストリル王国(ウォルデランはメストリルの領土を割譲されて建国された)とケウレアラ王国の両国で決められた国境は、その渇きの平原の南端に沿って流れているケウレア川となっている。つまり、川のこちら側がウォルデラン、向こう側がケウレアラということだ。
バレリア遺跡はその国境から約半日の距離にある。
遺跡と言っても、建物が地上にあるわけではない。地上に洞穴があり、そこから地下へと通路が続く。通路は何階層にも分かたれており、その全容を把握することはいまだできていない。
少し忘れがちなこの世界の理に、人の生活圏外にはモンスターと呼ばれる生物が生息しているというものがある。
これまで、この「モンスター」がこの物語中に登場したことが少ないのは、たまたまこれまでの登場人物たちがそれらの生息圏に足を踏み入れることが少なかったからに他ならない。
そしてここ、バレリア遺跡は、過去はどうであれ、現在は人の生活圏内とは言えないエリアにあたる。
つまり――。
「なに!? このどろどろしたもの!? 近づいてくるんだけど!?」
エリザベス・ヘア教授が薄暗い中で異変に気付いた。
「
ミリアの手のひらから炎が巻き起こり、そのドロドロを焼き焦がす。
「ああ、それはブラックスライムですね。まあ、危険度はそれほどではありません。体に張り付いたら2~3日臭いが取れませんが、それ以上に害はありません。毒も持っていませんし。ただ、顔に張り付かれると窒息の怖れはありますので、注意してください」
シルヴィオがその様子を見て平然と答える。
ベイリス遺跡へ探索に行くとゲラード院長に申し出た時、連れて行けとこの元「シュニマルダ」の頭目を一行に同行させたのはこのためだったのかと、キールはゲラード院長の配慮に感謝した。
残念ながら、今のキールたちには「対モンスター」への経験値が少なすぎるのだ。
遺跡の内部には様々なモンスターが生息していると言われている。階層の浅いうちは幾らかこれまでも探索されているので、全くの前人未踏という訳ではない。生息しているモンスターも危険度の低いものばかりだという。
しかし、先ほども言ったように遺跡は未だ全容が明らかになっていない。浅い階層であってもまだ発見されていない場所もあるかもしれない。そしてその場所には強力なモンスターが巣食っていないとも限らないのだ。
こと、対人魔法戦という「状況」においてはキールに後れを取ったシルヴィオではあるが、こういった「対モンスター」という点では圧倒的に経験の差がある。
シュニマルダの仕事の中にはもちろんモンスターの駆除というものもあったからだ。
彼にしてみれば、ブラックスライムなど、牧場の羊とさほど差はない。
「ぎゃー! またいるぅ!」
エリザベスがまた叫んでいる。
「せ、
ミリアがエリザベスがわき目も降らず先行することに苛立ちながら制している。
まったく女性というのは――、と一瞬頭をよぎった言葉を振り払って、キールは前方に声をかける。
「もう少し、慎重に進みましょう! 先頭はシルヴィオさんに任せましょう。2列目にミリアとクリストファー、その後ろに教授とアステリッド、
「はい、灯りは任せてください!」
「OK、ミリアは僕が守るから、キールさんは安心して後ろを見ててください――」
アステリッドとクリストファーが返事を返す。
「まあ、それが妥当でしょうな。では先頭はわたくしが参りますので、ゆっくりと付いてきてください。途中なにか気になるものを見かけたら止まりますので、お声をかけてください――」
シルヴィオが快く指示に応じてくれた。ゲラードからしっかりと言い含められてもいるのだろうが、シルヴィオ自身、こういう場所での自分の本領を見せておきたいところだろう。
「お願いします、シルヴィオさん」
キールは先頭に進みかけたシルヴィオにそう声をかけた。
「なんの、お安い御用ですよ――」
そう返したシルヴィオの表情に笑みのかけらが見えたのは気のせいだろうか。
隊列を整えた後の行軍はスムーズだった。
ほとんどすべてのモンスターをシルヴィオがその「目」で、発見し対応してくれるので、一行は特に危険な状況に陥ることなく探索を進めることができた。
ただ、今回の探索目的はそれほど細かいところまでを見るつもりではなかった。バレリア文明について長年調査研究しているエリザベスとはいえ、実物の中に入るのはこれが初めてなのだ。文献を読み、解読し、情報を「文字」で頭の中に格納している彼女であっても、やはり、その「情報」と「実際」を擦り合わせる作業が必要だ。
そういう目的なので、今回の探索は、現段階において人がこれまでに到達している部分の内、極々手前の部分を見て回り、その「擦り合わせ」作業を行うにとどめることになっていた。
それ以上先に進むには、警備の兵士か魔術師を数名雇ったほうがよいだろう。
次回の探索では、あの「金属の円盤」が発見された場所へ向かいたいと、そう考えている。
一同が予定の工程を踏破し、再び地上に戻ったころには、すでに日が傾き始めていた。
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