第130話 疾風の本領


 その日から二日間ネインリヒは多忙を極めた。ゲラードが来訪した時はほぼ突然だったため、それほど大仰な歓迎は必要なかったし、そもそもニデリックとゲラードは兄弟でもある。非公式であれば気軽に出会っても問題ない間柄だ。

 しかし、今回は正式に『打診』が入ってからの来訪である。たしかに、応という答えは返していないが、もうそこまで来ている公使を門前払いするわけにもいかない。


 ましてや、来院するのはあの『疾風の魔術師』リシャール・キースワイズなのだ。

 

 ニデリックは早々に、キールへ使いをやり事の次第を伝え、東の中継点、コーリンまで迎えの一団を向かわせた。コーリンまでは半日の距離だ。すぐに発てば、向こうの一団とそこで出会うはずだ。


 後は、歓迎式典と懇親会の準備だ。

 式典進行についての打ち合わせ、会場のセッティング、懇親会の会場設営、各種調理素材の調達指示など、これをすべて滞りなくこなして行かなければ間に合わない。


 ようやく、一通りの準備を終えたのは翌日の夕刻だった。料理長を筆頭とした厨房班はすでに明日の懇親会の料理の仕込みに入っている。これで今夜はゆっくりと休める。



******



 王立大学の夏季休暇は半ばに差し掛かっている。

 この大学の夏季休暇は8月の頭から9月の末まで丸々2カ月間設けられている。

 昨年の夏はそういえば、カインズベルクのケリー農場でバイトに明け暮れていたなと思い返していたキールは、その時突然やってきたミリアの『襲撃事件』を思い出して、目の前の女性ミリアから視線をらした。


 大学は休暇中であるが、デリウスの教授室は開放されている。特にどこにも行く当てのない「キール一味(学生部)」の面々は、大抵ここに集結してくる。

 今日はまだクリストファーとアステリッドが到着していない。デリウスは隣国での親睦会へ出ていて留守にしている。

 つまり今は、ミリアと二人だけということだ。


 少し気まずいことを思い出してしまったキールは、その記憶を振り払い、ミリアに声をかける。

「その、『疾風しっぷうの魔術師』って、どんなひとなの?」


「そうね、錬成「4」魔術師の最後の一人よ。つまり、三大魔術師の最後の一人ね――」


「『氷結』、『火炎』、そして『疾風』だね?」


「ええ、現在判明している錬成「4」魔術師はこの3人と、あんたの併せて4人。つまりあんた以外にはそういう称号が付けられているという事よ。そしてそれぞれが国家魔術院の院長を務めている。ニデリック院長とゲラード様についてはもう言うまでもないけど、『疾風の魔術師』リシャール・キースワイズ様もここから遥か東の国シェーランネル王国の国家魔術院院長よ」


「なるほど――」


「リシャール様は年齢はおそらく院長と変わらないぐらいだと思う。実は公表していないのよね。ただその容姿は年齢よりずいぶん若く見えるわ。私が出会ったのは、3年ほど前のことだから、今もそれほど変わらないと思うけど――」


「へえ、でどんな感じの人? かっこいいおじさん? それとも太っちょのおじさん?」


「ばか、リシャール様は女性よ。美しい方よ。性格的には院長とゲラード様を足して2で割ったような感じかな。私も少ししかお話ししてないからあまりよくわからないけど、院長とは若い時から親交があるみたいだったわ」


「え? 女の人だったの? 僕はてっきり男の人だと思ってたよ」


「ホントにあんたって、魔術師に関しては超素人だよね。すこしは魔術師世界の情報も勉強したらどうなの? それだけ本を読んでるくせに、どうしてあまり知識の増えないものばかり読んでるのよ」


「知識が増えないなんて、心外だなぁ。これでも結構役に立ってるんだよ?」


 確かにキールは相変わらず何かしらの本を読んではいる。しかし、どれも他愛もない冒険小説だの、空想小説だのばかりだ。何を読んだのかと問われても、タイトルすらろくに覚えてもいない。


「まったく、いつまでもよくそんな本ばかり読んでいられるわよね? 何が面白いのか私にはよくわからないわ」


「ん~、そうだね、僕もよくわからない」

キールが即答する。

「――でも、なんていうんだろう、なんとなく役には立ってる気がする――」


 このあたり、いわゆる「本の虫」故の感性なのだろうか?

 普段はそんな何の役に立ってるのかわからないような本ばかり読んでいるのだが、本当に極稀ごくまれにとんでもない書物ものを引き当ててしまう。


「まあ、そんなあんただから、こんな本を見つけ出したりするんでしょうけど……」

ミリアは今二人の前に置かれている2冊の本『真魔術式総覧』と『魔術錬成術式総覧』を見て言った。

「ああ、そんなことより、リシャール様の話だったわね。私の知ってることなんて、名鑑に載ってる程度のものよ――」

といいつつ、リシャールについて知っていることを話し始めた。


 『疾風の魔術師』リシャール・キースワイズ。幼少期はシェーランネル王国で過ごした。キースワイズ家はシェーランネル王国の侯爵家で、彼女の父は元王国軍司令だった。今は退役して軍顧問となっている。

 父の影響もあり、リシャールは魔法はもちろん、剣術においても優れていた。若かりしときに王国剣闘杯に出場し準優勝の経歴を持つ。その時決勝で負けた相手が、現王国軍司令のリチャード・フレイドハイド伯爵である。つまり、剣術の腕前も非常に高い。

 魔法に関しては幼少期からその才覚をあらわし、母国の国家魔術院で学んだ後、カインズベルクのヘラルドカッツ魔術院立魔術士教育訓練学院に留学。その時、錬成「4」に到達した。つまり、超天才である。その後、ヘラルドカッツに請われたものの、自身の家のこともあり帰国。数年後、再びヘラルドカッツの国家魔術院に出向、この時、ニデリックと出会っている。

 その後、また帰国し、今はシェーランネル国家魔術院の院長となっている。年齢は公開されていないが、おそらく、クルシュ歴367年現在、35歳ではないかと言われている。

 彼女の魔法の特徴は、その錬成速度の速さもさることながら、身体能力を高めたうえで繰り出される剣技の「はやさ」が異名の元となっているのではないかと言われているが、実は「風」系の魔法を得意としているというのが本来の由来という方が正しい。

 しかし今となってはその剣技こそが彼女の代名詞となっていると言って過言ではない。


「とにかくおそらく魔法剣士の中では彼女が最強であることに変わりはないということよ」

とミリアは締めくくる。

「あんたの首なんか一瞬で跳ね飛ぶわよ? そうなったらさすがにあんたの魔法でも対抗しきれないかもしれないから、肝に銘じておくことね」


 なるほど、相性という意味においては最悪の相手かもしれない、とキールは身震いをした。 


 

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