第128話 女傑登場


 舞台は一旦、メストリルを離れる。


 クルシュ歴367年8月19日――。

 キールがウォルデランを訪問してから約1週間後、メストリルから遥か東方に位置する国、シェーランネル王国の国家魔術院に一つの報せが入った。


『キール・ヴァイスがウォルデランと協力関係を締結した』


 長い黒髪を胸の前まで垂らし、執務机に深く腰掛けていたその女は、ふぅと長めの息を吐く。


「これで三大魔術師の内二人までも引き込んでしまったという訳ね――」

執務机の前に立つこの女性の秘書官を務める金髪の女性に向かって言葉を返す。


「はい。残るは院長お一人となりました」

金髪の女性の名はベアトリス・メイロー。年齢はまだ若く、今年で22になったばかりだ。


「ベアトリス、あなたはどう思う?」

院長と呼ばれたその女性、リシャール・キースワイズがベアトリスへ問う。


「そうですね――。向こうにその意思がないのなら無理に関係を構築する必要はないかと思います。確かにその才能は現時点では世界最高と言えるでしょうが、とはいってもまだただの学生です。世界を灰燼かいじんすというような大それたことを考えていないのであれば、それほど脅威に感じる必要もないかと思いますが――」


 ベアトリスは冷静に現状を洞察していると言える。ただの一介の学生がその才能が異常に高いからと言って、何かを起こせるほど世の中は単純には出来ていない。



 これまで世界最高峰の魔術院と言えば、ヘラルドカッツ王国国家魔術院であると言って差し支えない。それは、その魔術院に世界最高の魔術師がいるという理由ではない。その組織の構成員の数が他国を圧倒的に凌駕しているからだ。これにはいくつかの理由があるが、一番大きい理由はその母体であるヘラルドカッツ王国の経済力だろう。それだけの巨大な組織を抱えてなお運営できる財力があるのだ。


 キールが現れるまで、錬成「4」魔術師は3人しかいなかった。しかし、この3人はいずれもそれほど大きな国家の庇護を受けてはいない。

 『氷結』ニデリック・ヴァン・ヴュルストはメストリル王国の庇護を受けているが、メストリルの経済力は中の上程度のものであるし、『火炎』ゲラード・カイゼンブルグを庇護するウォルデラン王国はそもそもメストリルから分かれた国家だ。その経済力は当然、メストリルに及ばない。

 

 そして、『疾風』と呼ばれる彼女、リシャール・キースワイズを庇護するシェーランネル王国もまた大国と呼ぶにはあまりにも小さすぎる。経済力はメストリルとそれほど変わらない。


 キール・ヴァイスなる魔術師の情報が初めてもたらされたのは、つい先日のことだ。時期的に言えば、ニデリックと協力関係を結んだあたりのことだった。

 はじめはなにやらメストリル国家魔術院の動きが怪しい、ひとりの学生のことを嗅ぎまわっているようだという程度の情報だった。

 その後、その学生、キール・ヴァイスが魔術師であり、錬成「4」であるという情報がもたらされたのは、そのキールとニデリックが手を結んだという情報と共にだった。


 そして今、そのキールとゲラードも手を結んだという情報がもたらされたのだ。


 ウォルデランの国家魔術院での出来事の詳細が彼女の元に届くまでに約1週間ほど時間を要したのは、何をおいても、このシェーランネル王国の立地によるものだ。どんなに急いでも、ウォルデランからここまではそれほどの時間がかかるのだ。

 それほど、両国の間の距離は離れている。



「でも、ベアトリス――。気にならない?」

少し意地悪くリシャールはベアトリスを見つめて言う。

「もしかしたら、超イケメンのかわいい男の子かもしれないわよ?」


「いえ、それはありません。美形というのであれば彼と行動を共にしているクリストファー・ダン・ヴェラーニの方でしょう。彼の美形は本物のようです――」


「気になるんだ?」


「わたくしは、年下の男に興味はありません。私の中ではニデリック様以上の男性はこの世に存在しませんので――」


「あー、そうだったわね。ったく、あの偏屈のどこがいいのかしら。私にはちょっとよくわからない趣味だわ――」


「ニデリック様は最高の男性です。わたくしの理想をそのまま体現しておられます」


「はいはい、そうですか。その話はおいておいて、ちょっとだけ見物に行ってみない?」


「ニデリック様をですか?」


「何を言ってるのよ、キール・ヴァイスの方よ――」


「あ、ああ、そうですね――。ついてこいと言われれば行きますけど……」

ベアトリスはややうつむき加減に遠慮がちに答える。


「はあ、全くこの子は、もうちょっと嬉しそうにできないものかしらね?」


 メストリルへ行くとなれば、さすがにお忍びでという訳にはいかない。それなりの口実、つまり公用としていかなければ旅費がまかないきれないからだ。

 魔術院の「公用」となれば、当然向こうの魔術院に、という形となる。


「まあ、いいわ。わたしはその子に会ってみたいという気持ちが抑えきれなくなっているのも事実なのよ。いずれにしても、遅かれ早かれ会うことになるのなら、できる限り早くから関係を構築する方がいいわ」


「どうなさるおつもりです?」


「それは、会ってから、ということね――」


 こののち、リシャールからニデリックあての『親書』が発送されると、それを追うようにこの二人もメストリルへ向けて旅立った。

 


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