第127話 どこまで想っても


「――という訳で、教授、南の遺跡の探索が可能になりました」

クリストファーの説明を受けてエリザベス・ヘアは呆気にとられた。


「なんて子なのその、キール・ヴァイスって。あの遺跡はウォルデランがずっと立ち入り禁止区域として守ってきたところなのよ? それをいとも簡単に――、じゃないでしょうけど、国家魔術院院長の許可を取り付けるなんて――」

クリストファーが手伝っている研究室の主、エリザベス・ヘアは、いわゆる「バレリア文明」研究の第一人者でもある。


「まあ、キールあの人にしてみればただの『おまけ』程度にしか思ってないでしょうけどね」

クリストファーが両手を開いて呆れて見せる。

「――で、問題はここからです。教授せんせいがこの権限を利用したいかどうかということです。つまり――」


「もちろんよ! 私にとっては念願の本物の探索なのよ? これまで文献や所蔵されたものしか扱えなかったんだもの、行きたいに決まってるじゃない! そのために代償を払えと言われれば、その子に抱かれてもお釣りがくるぐらいだわ!」

なんとも、向こう見ずな女性ではある。しかし、彼女にすればそれほど恋焦がれた研究対象なのだろう。言葉のとは言え、そこまで言わせるほどの情熱があるということか。


「いや、まあそこまでは要求はしないでしょうけど――」


「え? 私の体じゃダメなの? 結構いい体してると思うんだけどなぁ」


(おいおい、言葉のあやじゃなかったのか――? まさか本気?)

とクリストファーは少し頭が痛くなった気がしたが、そこは何とかこらえて先をつづける。

「いえ、そういうことではないですが、キールと関係するということは、キール一味と目されるということで、つまり――」


「つまり?」


教授せんせいの身が危険にさらされる可能性があるということですよ」


「危険って?」


「いや、だからですね。キールは稀代の魔術師で――」


「ああ、魔術師からうとまれたりねらわれたりするってそういう話でしょ? そんなの、体をささげるのと大して変わらないわ。ぜんぜん問題ないわよ」


(体を捧げるのも全然問題ないってそういうことだよね、今の言葉――)

前々から思っていたが、この人、こと考古学の話になると、自分の身も心もどころか命まで捧げてもお釣りがくるぐらいに思っているところがあって、やはり、一種の「狂人」のたぐいである。


「そ、そうですか。じゃあ、キールに話を通してみますね? まあ、おそらくあの人のことだから二つ返事でしょうけど、ね」


「クリス、あなたって最高よ!」


「い、いや、そういうセリフを大声で叫ばないでください。なんというか、誤解されかねないんで――」


 コンコン!


と、唐突に教授室の扉がノックされる。

 さすがのタイミングの悪さに、クリストファーは冷や汗が噴き出たが、エリザベスは全く気にするそぶりもなく返事を返す。


「は~い、エリック? どうぞ、入って――」


「あ、ああ、ベス、いや、でも――、タイミングが悪かったのなら出直すけど――?」

扉の向こうから困惑したような声がする。


(ああ、やっぱり聞こえてたのか――)

クリストファーは嘆息して、

「では、キールの方へ伝えておきます。また後程、詳細をお知らせいたしますので――」

そう言って、教授室の扉を開けた。


「あ――、君は――」

開け放たれた扉から出てきたクリストファーの姿を見たエリックがややたじろぐ。


「大丈夫ですよ。特に何もありません。気になさらないでください」

とエリックに少し小さい声でささやいた。

(まったく、困ったお人だ――。変な気を遣うことになったじゃないか)

そう思いはしたが、それ以上何かを言ったところで何かが変わることもない。


 クリストファーはエリックを部屋の中へ押しやるように扉を閉めて、教授室の前から立ち去った。



******



「――という訳なんですが、キールさん、かまいませんか?」

クリストファーはキールに打診してみた。


「ああ、別に構わないよ。というよりむしろ、その方が有難ありがたいぐらいなんじゃないかな? クリストファーにしてみても、その教授と一緒の方がいろいろと都合がいいんじゃない?」


「まあ、そうですが――」


「なら、いいんじゃない。あとはいつ行くか、だけのことだね」


「ええ、それはまた教授せんせいと相談してみます」


 やはり、この人もそれほど深く考えているように見えない。というより、おそらく今現状自分自身がいかに世界に影響を与える存在であるかすら認識しているように見えないのだ。


(結局この人も、「狂人」の類なのだろうか――?)


 しかし、この人は飄々ひょうひょうとしていて、あまり深く考えるたちでないように見えて、そのくせ、ものすごく周到な部分もある。

 この間まで、娼館主の知り合いがいるなんて思いもしなかったし、ましてや、その娼館主をうまく操っているようにも見える。ウォルデランの貴族の何某なにがしともその娼館ビジネスの話をしていたようだし、全く底が知れない。


 クリストファーからしてみれば、ただの恋敵という存在というよりも、なんとも得体えたいのしれない男という想いの方が強い。


 まあ、「恋敵」とはいっても、クリストファーの方にはすでに一分いちぶの勝算もないのだが。

 ミリアはおそらくキールを深く愛している。


 ただ、ミリアは貴族である。平民の男とげることはおそらく難しい。しかし、平民という意味ではクリストファーもキールと同じだ。ここでは差がつかない。クリストファーが唯一キールより勝っている点と言えば、「バレリア文字」の知識についてだけだ。しかしそれも、結局はミリアがキールに近づくための手助けにしかならない。なぜなら、彼女が「バレリア文字」の知識を必要とするのは、キールから授けられた『魔術錬成術式総覧』の解読のためなのだからだ。


(結局どこまで行っても、キールとミリアの間に割って入ることは叶わないのかもしれない――)

 

 そのように思うことも最近は増えてきている。 



  


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