第126話 最後の一人


 ニデリックの元に一連のキールのウォルデランでの様子が伝えられたのも、キールが帰ってくる数時間前の話だった。

 国家魔術院としては公式には随伴者をつけることを許可されていなかったが、そこはいろいろな手管があるものだ。

 こういう諜報機関というものは、それこそが真骨頂と言える。

 まあ、それにしてもゲラードも当然承知の上だ。このメストリルの国家魔術院にもそのようなものが紛れ込んでいることも間違いない。

 このあたりをあぶりだして互いを批判し合うよりも、むしろ、そういうものとしてうまく利用する方が何かと都合がよいこともある。

 今回の件がまさしくそうだろう。


 ネインリヒと共にその情報提供者からの報告に目を通したニデリック院長が、少々安堵したような表情に見えたのは、ネインリヒの思い過ごしだったのだろうか。それは結局わからないままだった。


 ともあれ、今回もキールは乗り切って見せたということだ。こうなればもう、その実力をしっかりと認めて対応してゆかねばならない。メストリルに「やや重い荷物」が誕生したということだ。


「院長、この先キール・ヴァイスはどのような魔術師に成長してゆくのでしょうか?」

ネインリヒは素直な疑問を目の前の机に肘をついているニデリックへ投げかけた。


「そうですね。どうなってゆくのでしょうね。私にも想像がつきません。ただ一つ言えることは、彼がその力におぼれてしまわないよう、しっかりとかじを切っていけるかどうか、常に見極めていかねばならないということです」


「力に溺れる、ですか――。今の彼からはあまり想像できないことですが、確かに人が何かしらの「力」を持った途端、それまでには思いもつかないような行動をとるということは珍しいことではありません。ですが、そうなったとき、我々は彼を止めることができるのでしょうか」


「一命を賭しても、と言いたいところですが、成長した彼を止めるのは容易なことではないでしょう。無理かもしれません。そうなった場合、世界の趨勢は彼の心一つということになるかもしれませんね――」


 ニデリックの言っていることが決しておとぎ話でないということをネインリヒも十分理解している。まだ若い彼が、今後の人生経験の中で、今の世界の在りように例えば「疑問」や「絶望」を感じたとしたら――。その時彼に世界を破壊する力が備わっていたとしたら――。想像するだけでも身震いしてしまう。


「院長、我々にできることは、彼としっかりとことしかない様に私は思います」

ネインリヒの結論には彼の覚悟も見て取れた。


 それについてはニデリックも全く同感である。ネインリヒの答えが全てだ。

 そしてその「答え」にあの男もすでに行きついている。だからこその今回の「処遇」なのだろう。


「そうですね。私もそう思います。そしてそれはあの男も同じでしょう」

ニデリックもネインリヒと同じ考えであると応じた。


 この先、キール・ヴァイスの行動についてはこれまで以上に注視していかなければならないだろう。

 ただ、この「目」が増えたことは一つの安心材料だ。

 さすがにニデリックと言えども、四六時中キールのことだけを考え見ているわけにはいかない。キール自身がこれまでの「無名」の状態であるよりは、多くの為政者たちの目にさらされる方がその行動を把握しやすいともいえる。


「あとは彼自身がその境遇をどう受け入れていくか、ということですね――」


 ウォルデランでの出来事はかなりのインパクトを持っている事件と言える。

 非公式の組織とはいえ、古くから世の中を暗躍し、少なからず影響力を持っていた一つの組織が消滅したのである。そしてその原因がまだ若い、魔法に目覚めたばかりの学生なのだ。そしてその新米魔術師は、『火炎の魔術師』の肝入りとなり、『氷結の魔術師』とも協力関係をすでに構築しているというのだから、世界が注目を集めるまでにそれほど時間はかからないだろう。


「ここまで来ると、そろそろ、の方も無視できない状況になってきたと言えるでしょう。あの人はキールに対してどう、アプローチするでしょうか――」


「あの人、というのは――やはり――」


「ええ、もう一人の錬成「4」魔術師、ですね――」


 ニデリックのいうもう一人の錬成「4」魔術師、『疾風の魔術師』リシャール・キースワイズ。


 そろそろあの人が動き出してもおかしくはない――。

 

   

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