第125話 ある大商人の起源

 クルシュ暦367年8月12日――。

 一同は『お披露目会』の翌日出立し、メストリルへの帰路についた。


 ゲラードはいつでも遊びに来いと軽々にいうが、ただの学生にそんなホイホイと旅行するほどの資金はない。ルイの資金をあてにしてもいいが、あまりやりすぎると、アイツの親父と同じような人間に成り下がりそうで気が引ける。そっちはそっちで、しっかり、けじめはつけておきたい。

 ルイの金を使う為にはしっかりとした「商業的目的大義名分」が必要だ。


 実は今回のウォルデラン訪問で思いがけない「出会い」があった。

 

 『お披露目会』に呼ばれていた来賓の中に、ウォルデランにも娼館を設立したいと思っている貴族がいた。

 実はこのウォルデランには「商業施設」として公認された娼館はまだない。つまり、そういった者たちは裏で隠れて行っているのである。これを良しとしない気風というのも国家の発展と共に沸き起こってくるものだ。

 しかしながら、そういった世界に生きる者たちを強制的に排除しようとしてもなかなか一筋縄ではいかない。どうしても一定数、そういう「仕事」に寄りかかって生きる人間もいるのだ。

 であれば、これをしっかりとした「商業」として確立し、法的にも社会的にも認められた「仕事」とする方が望ましい。メストリルではそれこそルイの父、エドワーズの代あたりから公認商業となっている。

 ウォルデランでもこれを興そうと思っている、物好きな貴族がいたという事だ。


 名を、フリアン・マルティネスと言った。

 マルティネス家はウォルデラン建国の際に付き従った従者のうちの一つで、爵位は伯爵だ。ウォルデランではかなりの名家と言える。


 フリアンは、かつてメストリルを訪れた際に、お忍びでルイの娼館を利用したことがあったという。当時はまだ、エドワーズの代だったが、その商業形態に感銘を覚えたという。ただ、エドワーズの代の当時の娼館では、ダメだと思ったのだという。そのままこの国で「公認商業」にするには問題が多すぎた。

 従業員の扱い、設備の質、サービスの内容、どれをとっても、高級貴族には受け入れられないだろう。これなら、現状のウォルデランの状況と変わらないと思った。なのでその時は何も言わずに帰ったのだと言った。


「マルティネス卿。それでは一度、メストリルへお越しください。ジェノワーズの娼館は代替わりしてこのルイ・ジェノワーズが今は仕切っております。娼館の状況も随分と変わっています。ご覧いただけませんか? その上でお眼鏡にかなうのであれば、そのウォルデランの娼館のお話、僕たちにやらせてくれませんか?」

キールはそう、マルティネス卿に申し出たのだ。


 目を丸くしたのは、ルイとジルベルトの二人だった。


 フリアンは、快諾し、近々メストリルへ「視察」に向かうと約束してくれた。



「キール、あれは何だよ? ウォルデランの娼館を俺たちがやるって、どうしてそんなこと言ったんだよ!」

帰りの馬車の中で、ルイがキールに突っかかった。


「よかったじゃないか。商売の幅が広がったぞ?」

「よくない! 今はまだウチの店にそんな余裕はないんだ! 女の子たちの待遇も、施設の拡充もまだこれからだ! そんな時にこんな話、受け入れる余裕なんてないんだよ!」

ルイがまともなことを言っている。

「だから、大丈夫だって思ったんだよ。ルイ、おまえは今真剣に考えて、無理だと言った。それは自分の店のことがよく理解できているという裏返しだよ。そういう考えができるようになっているってことさ。それに今はもう、僕たちはチームだ。それは君ももう後戻りできないという事だよ。今回の件で君ももう覚悟を決めているだろ?」


「ぐ……、たしかに、もう後戻りはできない……、俺はお前の仲間という認識を持たれている。その俺がこの先お前の力なしにやっていけるとは思えない。だ、だがな――!」


「へっ、分かってるじゃねーか、ルイよお。それでいいと、キールは言ってるんだよ。いつかはキールの力なしで一人でも戦えるようになってやるって、そういいたいんだろうが。そんなことは、キールも承知している。というより、むしろ早くそうなってほしいと思ってるぐらいだ。だから、今は甘えておいていいのさ。キールは道を拓く。お前はその道を整備する。それがチームってもんだ」


 ジルベルトの言う通りだ。

 キール自身に商才はない。こと商売という点に関してはその世界で生きているものに「一日の長」というものがある。

 その道にはその道に一番適している人材を充てるべきだ。


「くそっ。――わかった。たしかに選択の余地はない。もう受けてしまったんだからな――、やるよ、やってやる。キール! おまえに目に物を見せてやる!」

「ああ、やってみろよ? 楽しみにしてるよ、ルイ」


 こののち、ルイ・ジェノワーズはウォルデランだけではなく世界に名を馳せるほどの娼館主へと成りあがってゆくことになるのだが、それにはまだまだ紆余曲折がある。

 彼の前途にはまだまだたくさんの障壁が立ち塞がることになるのだ。 




 

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