第123話 大器


 話は少し遡る。


 ゲラードがキールとの約定を交わし、ウォルデランへ戻った後の話だ。


「シルヴィオ、俺はキールと協力関係を結んだぞ。そっちはどうする?」

ゲラードと対面しているのはシルヴィオ・フィルスマイアー、『シュニマルダ』の頭目だ。


「我々シュニマルダは陰に生きてきました。陰に生きるにあたって『掟』というものは命よりも重うございます。このままでは我々の存在自体が脅かされかねません。キールにはそれなりの代償を払ってもらうまでです――」


「どうしてもか?」


「はい、こればかりは如何にゲラード様の申し付けとはいえ、引き下がるわけにはまいりません」


 やはりな、それはそうだろう、とゲラードも納得せざるを得ない。キールやニデリックに「大丈夫だ」と言った以上、何もしないわけにはいかないので、交渉したまでだ。この先は、ゲラードと言えども何かできることは残り少ない。


「分かった。そこはお前に任せる。しかし、一つ、をしよう。お前たちがキールに対してとる行動に俺は手を出さない。代わりに、もしお前が負けたら、『シュニマルダ』はそこまでだ。頭目のお前が負けて組織が存在できるはずがないからな。空中分解する前に、俺が預かる。どうだ?」


「いいでしょう。いずれにせよもし私が負ければ『シュニマルダ』の名声は地に落ちます。組織の影響力も失墜するでしょう。そこはゲラード様にお任せいたします」


「よし。悪いようにはせぬ。存分に力を発揮するがいいさ。ああ、それからもう一つ条件がある。俺はすでにキール一味の8人に招待状を送った。決戦はその日その場所で俺の目の前で行うこと、それまでの手出しに関しては一切許さない。これは、キールと俺の間の契約によるものだ。よいな?」


「どこでやっても同じこと。院長の御前で見事討ち果たしてくれます」


 やはり、古い格式に縛られた組織というのは、なかなかしがらみから逃れるのは容易ではない。



******



「――と、いうわけだ。すまんな、大丈夫だと言っておきながら、このざまだ――」

湯船につかりながら男は隣に同じく湯につかっている青年に言った。


 時間は大広間の決戦前、キールたちが大浴場を訪れた時に戻る。


 キールたち男性陣5人が「貸し切り」の大浴場の脱衣場から浴場へと入った時、貸し切りだと聞いていたはずなのに人影が一人あった。


 入ってきた5人の中に見知った顔を見つけるなり、男は声をかけてくる。


「よお、キール。よく来てくれた。まあ、こっちへ来て湯につかれよ――」

ゲラード・カイゼンブルグ、ウォルデランの国家魔術院院長その人だった。


「ゲラード、さま?」

キールがいぶかしげに問う。

「――!」

ジルベルトはさすがに突然の院長の出現に身構える。


「お? お前がジルベルトか、兄貴の方は残念だったな。大丈夫だ、何もせんよ。キールに話があるだけだ」


 ゲラードの言葉にキールはジルベルトを制止して、4人には気にしないで汗を流してくれと告げた。そして、ゲラードの隣に進むと湯に身を沈める。


 その後、ゲラードはウォルデランへ帰還後の話をキールに聞かせたというわけだ。



「まあ、そんなことだろうとは思ってましたけどね。あなたの「大丈夫」はある意味あてにならない、そんな気がしてました」

キールは話し終えたゲラードに対して無遠慮に言葉を投げた。


「ふ、ははは、まあそう責めるな。俺も一応交渉はしたんだからな? やれることはやったぞ?」

ゲラードは一笑いっしょうしてそう言った。


「でしょうね、あなたの大丈夫はそういう意味でしょうから。まあ、簡単に事が運ぶとは別に思っていませんでしたよ。むしろ、道中何も起きずこれたことに感謝しています。そこはゲラード様の取り計らいでしょう?」


「お? おお! わかってるじゃないか、小僧。だろ? 俺はよくやっただろ?」


 まったくこの人のこういうところが、「何を考えてるかわからない」と言われるなのだろう。キールは初めて会った時から感じていた。この人は決して悪い人ではない。ただ、なんというか、『兄貴肌』なのだ。わかりやすく言えば、とてつもなく大きな器だ。何でもそこに受け入れてしまうがある。しかし、その底に結構大きな穴が開いている、そういうことだ。


 こういう人と付き合っていくにはそれなりの「ハプニング」は想定しておかなければならない、というわけだ。


「――で? いつ仕掛けてくるんですか、やつらは」


「今日のお披露目会の席で、だ」


「なるほど、あなたもという訳ですね――」


「ははは、せっかくの催しだ、で見たいじゃないか」


「そういうところですよ。あなたが信用されないところ――」


「ぬ? 俺が信用されていないだって?」


「あーもういいです。そこはあまり考えなくても。それを考え出すと余計に面倒になりそうだから、ゲラード様はそのままでいいです」


「そうか? お前がそう言うなら、そうしておく。俺は俺のままでってことだよな?」


「まったく、僕も自分が結構いい加減なやつだと思っていましたけど――」

この人は僕の数段上を行くなぁ、とキールは溜息ためいきをついた。



******



「俺は……、負けた……のか――」

シルヴィオはようやく現実を受け入れようとしていた。


 そこへかつかつと寄ってきたものがある、ゲラードだ。


「ゲラード様、面目次第もございません――。こうなった以上――」

「シルヴィオ! はははは、なかなかに面白いもよおしだったぞ? キールと対峙した後のお前のほうけた表情かおは一生忘れないぐらいに笑わせてもらったわ! 褒美を取らす。シルヴィオ・フィルスマイアー。お前を国家魔術院専属諜報部長に任ずる。これからも俺の目となり耳となり世界の情報を俺にしらせてくれ――」

シルヴィオの言葉をさえぎるようにゲラードが一気にまくし立てた。


 シルヴィオは言いかけた言葉を、何とか飲み込み、静かに応える。


「――この、シルヴィオ・フィルスマイアー、生涯をささげて、ゲラード様のお役に立って見せます――。私を、いや、どうか存分にお使いください」



 


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