第122話 シュニマルダ


 支度部屋に案内役の女性、マアレという名らしいが、そのマアレが一同の元へやってきて会場へと案内してくれた。


 会場となっている部屋はとてつもなく広い謁見の間のような場所だ。

 しかし一同はその部屋の中に進み出た瞬間、身構える。

 正面にあの男、火炎の魔術師ゲラード・カイゼンブルグの姿があった。しかし、それ以外には「なにもない」。


 キールはざっと周囲に視線を這わせ、部屋の状況を把握した。

 正面にゲラード、人影は今は彼一人だが、入口の左右から部屋の奥に天井まで届く柱が左右計12本並んでいる。部屋は2階までの吹き抜けになっており、部屋を見下ろすように柱伝いの左右に2階のテラスが這わされている。

 キールは反射的に魔法感知を発動していた。

 その柱一本一本に魔法痕跡が見られる、魔術師が隠れているという事だ。

 つまり、1階に12人、2階に12人の計24人だ。


「ちっ、なんか話がうまくいきすぎてるとは思っていたが……」

ジルベルトがこぼす。


「ど、どういうことですか、キールさん!?」

アステリッドも囲まれていることに気付いたらしい。


「さあ――、」

と応えておきながら、ゲラードへ向かって声を張り上げた。

「これはどういうことです? 説明していただきましょうか――」


「まあ、そんなにいろめきだつな、キール。これは余興というやつだ。パーティーに余興は必要なアクセントだよ」

ゲラードは相変わらずの笑みでこちらを見据えている。


「僕にはあまり楽しくはない余興ですね。今日の僕たちは『ゲスト』だと思ってたのですが、どうやら違ったようですね。『ゲスト』でないなら招待に応じる必要はありません。帰らせてもらいますよ」


「キール、本気でここから出られると思っているのか? もう気付いているだろう? お前たちは完全に包囲されているんだぞ?」


「ゲラード様、本気だったら、すでにこの部屋の魔術師は全て片付けているところですよ。まだ、間に合います。「余興」というならここらでやめておいた方がいい」


「く、ははははは、お前がキール・ヴァイスか――」

その会話に割り込むものがいた。そいつは一番奥の柱の陰から姿を現し、キールの正面5メートルほど前まで進み出た。


「ちっ、シルヴィオ・フィルスマイアー。やはり、『シュニマルダ』か――」

ジルベルトがその姿をみて言った。

「あいつが『シュニマルダ』の頭目だ」


「お前をこのまま野放しにすることは出来んのだよ。この『シュニマルダ』が負けたままではいられないのでな。覚悟しろ」

その声を合図に左右の柱から総勢23名の魔術師も姿を現す。


「どうしてもやるというのですか?」

キールが最後通牒を突き付けた。


「この小僧が! 粋がっても無駄だ! ここで仲間もろとも消え去ってもらう!」

シルヴィオがそう言って右腕を上げた、おそらく攻撃の合図だろう。


 左右の魔術師がほぼ同時に魔術錬成に入る、錬成式から見て「火球」の類だろうか。


『グラスウォール!!』


 その時この部屋に女性の声がこだました。


 左右の魔術師と、キールたちの間に透明な壁が突如として現れた。


 魔術師たちは錬成式を中断できず、自分たちの目の前に立ち塞がったその『透明な壁』に向かって『火球』を発射する形となる。

 当然、その『火球』はその壁に阻まれ、その場で暴発する形になった。


「ぐわあ――」

「が――」

「ううぉお――」


 左右の魔術師が自らが放った『火球』のダメージをまともに受ける。


「なんなんだこの魔法は!?」

シルヴィオが左右の透明な壁を見て驚愕した。


「ここにいる魔術師はキールだけじゃないのよ! 舐めないで!」

声の主はミリアだ。

 

 『透明な壁グラスウォール』の主はこのメストリル国家魔術院の若き天才、ミリア・ハインツフェルトだった。


「ミリア、すごいねこれ。思った以上の出来栄えだよ――」

「はあ? あんた、私が何もしなかったらどうするつもりだったのよ?」

「いや、ミリアなら大丈夫だと信じてたから、あまり考えてなかった――」

「あんたねぇ……。で、これからどうするのよ?」

「今日の主役は僕だからね。そろそろメインイベントと行きますか――」


 キールはそう言うと、目の前にいるシルヴィオへと視線を送る――。



「さあ、どうします? 『シュニマルダ』の掟というのが確かありましたよね? 僕との『私闘』、やってみますか? 負ければそれこそあなたの命はない、のでしょう?」


「くっ、お、おのれ舐めおって! ジルベルトごときに勝ったぐらいで俺にまで勝てると思いあがっておるとは、目に物を見せてくれる!」


「ああ、シルヴィオ。そいつは無理だ。残念だがあんたはもう、負けている――」

ジルベルトの声が頭の中でこだまする。

「負けている?」

「ああ、負けている――」

「なにもまだ始まってないではないか?」

「いや、終わったんだよ。あんたが見ているのは、『今』じゃないんだからな」

「『今』じゃない? どういうことだ?」


 それが合図だった。

 シルヴィオに記憶がよみがえってくる。いや、正確には「目覚めた」と言った方がいいか。

 次第に意識がはっきりしていく中で、シルヴィオにはっきりとした『現実』が戻ってくる。

 気づくとシルヴィオは、この大広間の床に寝かされていた。


 キールと対峙した後、俺は何をしていた?

 どうして寝転がっている?


 その時、途轍もない恐怖がシルヴィオを襲った。

 対峙した後、寝転がっているまでの間の記憶がない。

 周囲を見ると、魔術師たちが手当てを受けている。「さっき」からすでに数分は時間が経過しているという事が徐々にはっきりしてくる。


「どういうことだ? 何が起きている?」

「あんた、5分ほど意識を失っていたんだよ。これがどういう意味か、わかるよな?」

ジルベルトがシルヴィオの問いに答える。

 辺りを見回すと、さっきまで対峙していたはずのキールも周囲の魔術師の治療にあたっていた。


「キール! 気が付いたぜ!」

ジルベルトの呼ぶ声にキールが振り返ると、手を上げて応えている。


「5分も意識を失っていれば、本気で殺す気ならあんたもう死んでるところだぜ――、わかっただろ? これがキール・ヴァイスだ」

ジルベルトがため息混じりにそう言った。


 

    



 

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