第120話 大丈夫


 ニデリックは心底この男のことがよくわからない。自身と同じようなことを考えているように見えているのは真実なのか、それとも、見せかけなのか。

 キールたちが部屋を辞した後、ニデリック、ゲラード、そしてネインリヒが部屋に残っている。


「ゲラード様、単刀直入たんとうちょくにゅうにお聞きします。キール・ヴァイスをこれからどうなさるおつもりですか?」

ネインリヒはまさしく直球で問いただす。この男の「らしさ」というものだろう。


「ん? ネインリヒ、今の話を聞いていなかったのかよ? 俺はキールを気に入った。かわいがってやりたいとそう思ってるよ」

ゲラードが真面目にそう答える。


「はあ――」

横で聞いていたニデリックがこれ見よがしに溜息ためいきをつく。

「無駄ですよ。ネインリヒ君、この男に対する我々の感情が邪魔している限り、何を聞いてもその真意ははかれません。それより、この先のことを話しましょう。現状、我々メストリル国家魔術院とキール・ヴァイスの関係は「協力関係」という事になっています。これは、基本的には互いの行動に干渉はしないが、要請に応じて魔術院の為に協力するという曖昧あいまいなものです。もちろん、よほどのことがない限りは敵対関係にはならないという口約束も含まれています。あなたのウォルデラン国家魔術院とキールの関係もそれと同じという事で理解してかまわないですね?」


「何をそんなに構えているんだ? お前のところと同じ内容で構わんよ?」

ゲラードは両手を広げておどけてみせる。


「まあ――、いいでしょう。それならば、こちらとしても願ったり叶ったりです。ところで、『シュニマルダ』の方はどうするのです? このままおとなしく引きさがってくれますか?」

 ニデリックの一番の懸案事項がそれだ。もし仮に『シュニマルダ』が何らかの介入を仕掛けてくれば、キールを救うためにメストリル国家魔術院も動かざるを得ない。「協力関係」とはそういうものだ。


「まったく、お前ら二人は俺のことをどんな風に思ってるんだ? これだから血縁とか昔なじみというのは厄介なんだ――」

ゲラードはそう吐き捨てた。

 しかし、この意見についてはあとの二人もまったくの同感だ。そこは意見が一致しているらしい。


「大丈夫だ。もしそうなったら、俺が『シュニマルダ』を潰す――。お前らに動かれるよりはその方がはるかに有益だ。そこは俺を信用しろ」


(まあ、それはそうでしょう。メストリルが動けば国家間紛争に発展しかねないのだから――)

ニデリックはこの言葉を引き出せただけで充分だと判断した。


「ああ、それから、俺は帰ったらすぐ、キール一味いちみに招待状を出す。もちろん、俺の屋敷の食事会のだ。間違ってもお前たちまでついてくるなんて無粋なことはやめてくれよ? お前たちまでくると、「準備」が大変だからな?」

ゲラードは立ち上がりながら最後の釘をさす。


「あ――」

ネインリヒはしまったと思った。先を越される前に、それを言うべきだった。これでは、公式にともに行くことは出来ない。つまり、向こうで何が話されるかわからないという事だ。


「ええ、もちろんです。そちらにご負担を掛けるようなことはしませんよ。ただし、我々もキール・ヴァイスとは協力関係です。キールからの要請があれば応えないわけにはいきません。その点はご留意を――」

そんなネインリヒの様子を見て、ニデリックが助け舟を出す。


「ふ、ははは。案ずるな、それぐらいのことは分かっている。大丈夫だ、心配するな」


 これだ。


 このゲラードの「大丈夫」がいつも信用ならないのだ。これは昔からの「癖」というやつだ。


 ゲラードは去り際にそういうと、部屋を出て行った。ネインリヒが街道の少し先まで送ると言ってともに部屋を辞した。

 もちろん、ゲラード一人でここまでやってきたわけではない。数名の伴を連れてきている。帰り道の護衛等の心配は必要ない。

 

 しかし相変わらずの様子だったなと、ニデリックは思案していた。あの男はああいうものとしてこれからも付き合ってゆかねばならない。まったく、ゲラードの言う通り、「血縁」というのは厄介なものだ。



******



「まあそう言うわけだから、取り敢えず追手のことは心配ないと思う――」


 キールはこの館の匂いというものにまだ慣れない。何というか、「臭い」わけではないのだが、甘い、頭がくらくらするような変な感じだ。

 前にこの匂いのことをジルベルトに聞いた時は、この「」がわからねえってのは、お前さては――と見透かされてしまったが、それについては否定のしようもない。

 つまり、「子供」だと言いたいのだろう。


 そんな記憶を振り払い、キールは先を続ける。


「ああ、それから、たぶん、そのうちウォルデランに行くことになると思うからそのつもりでいて。ジルベルトもルドも、それからルイもだよ?」


「はあ? なんで俺まで行かないといけないんだよ?」

「嫌だったらいいけど? 招待されてて行かないという事は、あなたとはお付き合いしませんっていう絶交宣言だから、相手がどう思うかわかってやるってことでしょ? そんなの、僕の知ったことじゃないからね」

「ぐ――。わ、わかったよ、分かりました。行けばいいんだろ?」

「物分かりがよくて助かるよ、ルイ。少しは勉強の成果が出てきたんじゃないか?」

「お、お前! 俺を馬鹿にしてるだろ?」

「そんなことはないよ。賢いルイのことだから次に僕が言いたいこともちゃんと理解してくれてるだろうって、期待しているだけさ」

「あ、もしかして――」

「ほら、ちゃんとわかってくれてるじゃないか? 賢い賢い」


 この数日後、ウォルデランへ一行は向かうことになるのだが、その旅費宿泊費の全てをルイ・ジェノワーズが捻出したのは言うまでもない。

 





  


 

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