第119話 ダメですか?
ともあれ、うまい形で収まったと言えるだろうか。
懸案だった『シュニマルダ』からの干渉については、「心配しなくてよい」というゲラードからの
今回の会談においてのキールの目的はまさしくそれだった。
それが成れば、ある程度の妥協は呑むつもりでいたのだ。その妥協が現状においては「呼び出しに応じる」という程度で済むのであれば願ったり叶ったりだ。
ゲラードという
確かに今後、何を要求してくるかはっきり言って見当がつかないというのも事実だが、取り敢えずのところ、はじめの「ミッション」はどうやら、「近々みんなで食事を共にすること」という事のようだ。
とにかくこの「ミッション」については近々のうちに達成しておいた方がよさそうだ。
「さあて、ウォルデランかぁ、ウォルデランにはまだ行ったことがないなぁ。ミリアは行ったことはあるの?」
キールは隣でコヒル茶をすすっているミリアに問いかけた。
会談を終え、二人はデリウスの部屋へと戻っている。
取り敢えず一息つこうという事で、アステリッドがみんなにコヒル茶を
「私が行ったのは、もう随分前、子供の頃よ。メストリルとは違ってなんというか静かな町だったような記憶があるわ」
ミリアは幼い記憶をたどりながらそのように答えた。
「静か?」
クリストファーが言葉の意味が不明瞭だという感じで聞き返す。
「ええ、閑散としている、というか、活気がないというか、あまり楽しい感じはしなかった記憶があるのよね――」
とそこまで言っておいて、さらに言葉を継ぐ。
「――でも、まあ、子供だったから。お父様の仕事に付き合って行ったような記憶だから、子供の私にしてみればあまり楽しいと思わなかったのは当然だと思うし、それからもう10数年経っているのだから、あてにはならないわよ」
「ウォルデランといえば、鉱物が特に多く産出される土地だとされている。このメストリルで使用されている鉄鉱石や石炭などの大半はウォルデランからの輸入品だ。そういうところも町を暗くしている部分があるのかもしれないね。そのあたり、クリストファー君が手伝っている、ヘア教授の方が詳しいかもしれない。彼女の出身はウォルデランの北方の町ギリャだったはずだから――」
デリウス教授が割って入ってきた。
「え? そうなんですか? 僕はてっきりヘア教授はここの出身だと思っていました」
クリストファーが意外そうな声を上げた。
「ああ、確かそうだったはずだよ。でも、彼女、あまりウォルデランでのことは話したがらないらしい。王立出版の担当者が僕の書物についても担当してくれているんだけど、彼女が若くして教授になったことを広報に特集記事を掲載するにあたって、ウォルデランでの生活についてのコメントを求めたが、何も話すことがないと言って取り付く島がなかったとぼやいていたのを記憶している」
デリウスの言葉にその担当者に心当たりがあったクリストファーが応じる。
「その担当の方って、エリック・ミューラン?」
「ああ、そうだよ。ミューラン代表の御子息だね」
「クリス、その人を知っているの?」
「え? あ、ああ、この間、教授の部屋で出会ったよ――。まあ、ほとんどお話はしていないから知り合い、とは言えないかもしれないけどね」
「それで、いつ行きます? ウォルデランの国家魔術院院長からのお食事のお誘いという事であれば、それなりのお洋服を用意しないといけませんし――。あ、やっぱりドレスがいいのかな――」
アステリッドは食事会の内容よりも、自分の着ていく服装の方が重要案件のようだ。
「リディ、パーティーじゃないんだから。それなりの正装でいいわよ。
ミリアが応じる。そしてすかさずキールに向き直って言った。
「あんたはその恰好はダメだからね?」
「え? ダメなの?」
キールの今日の恰好は、クルーネックシャツの上に長袖のコットンシャツ、下はスラックスといういで立ちだ。暑いのでシャツの袖は2回ほど折り返している。
「当たり前でしょ? 今日はまあ非公式な会談だったから普段着でいいけど、仮にも貴族家の食事に誘われてそのままでいいというわけにはいかないわよ」
「えー。めんどくさい」
「わ、私はあんたの『保護者』なのよ!? そんなことも教えられないのかって大目玉食らうのは私なんだからね? ちゃんとしてもらいます――!」
「なんですか、保護者って!? いつの間にミリアさんがキールさんのお母さんになったんですか!?」
アステリッドが間髪入れずに突っ込む。
「ば、
「あ、今
「あ、いや、だからそれも言葉のあやって――あああ、もう!」
なんだかんだ結構この二人も仲がいい。こうしてみているとまさしく姉妹げんかしているようにも見える。
などと、キールが微笑ましく見ていると、二人の標的がいきなりこちらに向く。
「「何笑ってる
次の日、一日中かかってあれだこれだと着せ替え人形にされたのは言うまでもない。
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