第118話 案ずるより


「なるほど。覚悟はできている――と、そういったところか。それでは聞くが、君の能力はおそらく我々二人の素質をすでに超えているとみているが、どうかね?」

ゲラードの質問はまっすぐだ。

 このようにまっすぐ来られるとかえって受け流しにくい。ここで曖昧に受けては覚悟を決めているとは言い難くなるからだ。


「現段階での僕の素質は錬成「4」、「超高度」クラスです――。つまり、次元を対象とした魔法をいくつか発動可能です――。しかし、それはあくまでも基準値であって、それをもってあなた方お二人を超えているとは考えてはおりません――」

キールの言葉は全く思っている通りだ。包み隠しはしていない。


「聞いたか、ニデリック。錬成「4」超高度クラスだと――。俺が知る限り、おそらく現時点で最高クラスの魔術素養だぞ? ニデリック、お前はまだ高度のままだよな?」

ゲラードは本当に大らかな性格なのだろう。全く遠慮がない。


「ええ、私は錬成「4」高度クラスのままですよ。ゲラード、あなたも変わりないのでしょう?」

ニデリックもここは隠さない。


「ああ、俺は錬成「4」上位のままだ。俺もお前もおそらくこれ以上はどうやっても上がらんだろう。キール、それなのになぜ、俺たちを超えていないとそういうのか、その真意を聞かせてもらおうか」

ゲラードが鋭い視線でキールを見つめる。

 その視線はまっすぐにキールを射抜いている。ミリアは横にいながら、少し寒気を覚えるほどだ。


「簡単なことです。僕には経験がない。おそらく、仮に今お二人と決闘をしたとして、僕が勝つ確率は100に一つもないと思います。戦闘において勝負を決めるのは、魔法の素質ではありません。対応力とその引き出しの多さです。つまり、経験です。この点において、僕はお二人に遠く及びません」

キールの答えはある意味正解と言える。

 しかし、この言葉はゲラードの心には刺さらない。なぜか。


 キールの言葉を裏返して解釈すれば、『経験さえあれば、素質で勝る僕が勝つでしょう』と、そう言っているのと同義である。


「くくく、聞いたかニデリック、この坊主、相当な肝っ玉だぞ? 俺とお前の二人を前にしてこのように答えられるやつが、今の世界にいるかよ? こいつ、俺とお前をいつか超えるとそう言ってやがるぜ――」


「え? キール!? どういうことよ? ゲラード様! 決してそのようなつもりは――」

ミリアがあわててフォローをしようとした。が、その言葉を、目の前に座っているニデリックが遮った。

「ミリア、慌てなくていい。私もゲラードも何も怒りを覚えてはいないよ。むしろ、とんでもない期待感に打ち震えているぐらいだ――」


「く、ははは、おい、坊主。いつか俺達を超えて見せると、そういう覚悟だとそう言ったのは分かっててのことだよな?」

ゲラードは変わらず直接的に念を押す。


「ええ、もちろんそのつもりです。そう聞こえませんでしたか?」

「ちょ、キール! そんな大それたことを……」

「大丈夫だよ、ミリア。ゲラード様は僕にこうおっしゃっているんだ、『お前はその道を行く覚悟を決めているのだな』ってね。だから、僕はそうだと答えた。必ず超えると約束したわけじゃないからね。あくまでも『覚悟』の問題だ。――ですよね、ゲラード様」


「そうだ、その通りだ、キール・ヴァイス。こいつは愉快な坊主だ、気に入った。俺もお前のパトロンに混ぜろ」


「え?」

ミリアが目を丸くする。


「僕はかまいませんが、一応メストリル国家魔術院とはすでに協力関係にあります。やはり、ニデリック様のご意見を無視するのは信義に反すると思います――」


「たしかに、そのとおりだ。ニデリック、もちろん嫌とは言うまいな――」


「私が首を縦に振らなかったとして、諦めるあなたではないでしょう? かまいませんよ、私も荷物を共に担いでくれるものが増えてくれるのはありがたいですし、あなたなら特に断る理由もありませんから――」


「ようし、決まりだ。キール、いつでもウォルデランへ遊びに来いよ。お前と話すのは結構楽しいからな。ミリアもつれて近いうちに来い。待っている」


「わ、私もですか?」

ミリアが慌てて問いただす。


「お前はキールの保護者だろう? 坊主の世話は保護者がするものというのは古今東西この世の習わしだろ? ふはははは、まぁ、単純に俺がお前とゆっくり食事したいだけさ、そんなに構えるな。ああ、もちろんお前たちの仲間もみんな連れてこい。たしか、すでにあと6人はいるだろう? アステリッド、クリストファー、デリウス、ジルベルト、ルド、それからあの娼館のドラ息子、ああ、ルイだったな、あいつもつれてこい」


 この言葉にはゲラードの意地が見え隠れしている。つまり、キールの行動はすべて知っているとそういうことを言っているのだ。


「ああ、それから、今日の楽しい会話の褒美をやらねばならんな。『シュニマルダ』の事は心配するな。代わりに、これから先俺の呼び出しには基本的に応じてもらおう。よいな、今後もいい関係を保っていこうではないか」


 ゲラードの言うことは無理難題とまではいかない。実際のところ、ニデリック院長の呼び出しにキールは基本的に応じる構えでいる。であれば、同じ協力関係にあるゲラードの呼び出しにも応えなければ対等とは言えない。


「ありがとうございます。『シュニマルダ』のことはこちらからお願いしないといけないと思っておりました。ご配慮、感謝いたします」

キールは慇懃いんぎんに礼をした。


「かかか、やめろ、そういうかしこまった態度は。らしくないぞ? お前はお前のままですすめ。俺はそいつが楽しみなんだからな――」



 こうしてキール・ヴァイスとメストリル、ウォルデランの両国家魔術院は友好関係を結ぶこととなった。


 この約定がこの先もずっと変わらず続くのか、それはこれからのキール次第と言えるのかもしれない――。

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