第116話 具体化した対面の時


 クルシュ暦367年7月下旬――。

 

 ニデリックは苦い表情をして、机に両肘りょうひじをつくいつもの態勢で思案している。

 やはり、この時が来てしまった。


 先程呼び出しを掛けたネインリヒもそろそろ現れるだろう。


 ニデリックの前には一通の手紙。差出人はいうまでもない。「あの男」だ。


『8月1日にそちらへ向かう。キール・ヴァイスに取り次いでくれ』


 内容はたったそれだけだ。

 ついに、ゲラードが腰を上げた。キールと『シュニマルダ』の関係は現在最悪の状態と言っていい。しかし、ゲラードが動いてくれているのが望みともいえる。

 ゲラードが動くということは、『シュニマルダ』は動かないという事にもなる。あの男と『シュニマルダ』は表裏の関係にあるからだ。

 なので、すぐにキールに危険が及ぶという事はない、そこは安心材料だ。おそらく、ジルベルトとルドという『シュニマルダ』を抜けた女へもおそらくのところすぐに危険が及ぶことはないだろう。


 しかし、新たな懸念も出てきていることは事実だ。

 つまり、両国の国家魔術院同士の関係についてだ。

 あの男のことだ、なにを言ってくるかわかったものではない。場合によっては、関係にが入るという事もあり得る。



コンコン――。

 軽く扉をノックする音が響いた。

「ネインリヒです――」


 ニデリックが返事を返すと、いつもの様子でネインリヒが部屋に入ってきた。


「お呼びでしょうか?」

ネインリヒが声を掛けた。

「ええ、あの男から手紙がきました。こちらに来るそうです――」

「そう、ですか――」

ネインリヒの返事には意外だという空気は含まれていない。

「ほう、驚かないのですね」 

「あ、はい。遅かれ早かれこうなるとは思っていましたので。それで、いつ、でしょう?」

「1日、です」

「3日ほど時間がありますね。時間を与えてくれたという事は、それなりに準備をしておけと言う含みでしょうか」

「まあ、そういう事でしょうね。あの男なら予告もなしに来ても不思議ではありませんから――」

 

 先程からニデリックが思案していたのもその点に関してだ。

 メストリルの国家魔術院とキールはいわゆる「協力関係」にある。そして、ウォルデランの国家魔術院とメストリルの国家魔術院も「協力関係」にある。そうなれば、ウォルデランの国家魔術院とキールも当然「協力関係」となるとするのが一番収まりがよい。

 しかしそれには、双方の考えが一致していなければならない。

 キールの方はどう考えているか、ゲラードは?

 現状としては、双方の思惑がニデリックには全く掴めていないのだ。


「まずは、キール・ヴァイスと面談をしましょう。すぐに、手配いたします。ミリアにも同席してもらった方がよいでしょうか?」

ネインリヒがニデリックに一応確認をする。

「まあ、そうですね。来るなと言っても来るでしょうから、そんなところでミリアとわだかまりを作る必要もないですしね。何より私はあの子にがありますから――」

ニデリックはあの日ミリアを泣かせたことを思い起こしてつい口にした。


「借り? ですか? 貸しではなくて?」

ネインリヒとしては院長がミリアにゆずっているように思っていたため、意外な言葉に驚いた。


「ふふふ、女性の涙と言うのはなかなかに高いものなのですよ。ネインリヒ君」

ニデリックは今日初めて笑顔を見せた。


「はぁ、涙、ですか――」

「そう、涙、です」


 ネインリヒとしてはそこはあまりどちらでもよかった。何と言っても、部屋に入ってきた瞬間に見た院長の表情からすれば、とてつもなく大きなだ。

 こうなったときの院長は抜け目がない。もう大丈夫だろう。


(この方の唯一と言っていい弱点は、ゲラード様に対する苦手意識というところだ。しかしこればかりはいたしかたない。何と言っても、あの男の存在と振る舞いはどうしたって、院長にとってはやりづらくて仕方がないのだろう――、私には兄弟がいなくて本当によかったと、こういうところを見ると心からそう思う)

ネインリヒは心の中でそう思いつつ、部屋をあとにした。



******



「というわけで、院長と話しをすることになったよ――」

キールが一同に話した。

「どうも、そのゲラード院長と対面するにあたって、こちらの意見をすり合わせておきたいという事らしい。まあ、僕と魔術院は協力関係の契約があるからね」


「とうとう、この時が来たわね。いつかはとは思っていたけど――。それで? キールはどうするつもりなの?」

「うーん、正直、いさかいは起こしたくないってところが本音だよね。でも、その種をいちゃったのは僕の方とも言えなくもないし。相手はあまり面白く思っていないだろうからね」

 確かにそもそものきっかけはジルベルトの兄が個人的な依頼を受けてキールに仕掛しかけてきたのが始まりではあった。

 しかしその後、ジルベルトに対する「組織シュニマルダ」の追手ルドを懐柔して組織を抜けさせたのはキールの仕業だと言っても過言ではない。


「どうせ、またうまくやるんでしょう。キールさんはそういうところ抜け目ないですから――」

クリストファーが称賛ともけなしともいえる発言をする。


「キールさんは、最強ですから、問題ないですよ!」

アステリッドも特に心配はしていないようだ。何が「最強」なのかはよくわからないが。


 まあ、なるようにしかならないのが、人間関係というものだ。結局は相手が在ってのことなのだ。互いの思惑が食い違っていれば落としどころを見つけるしかない。

 しかしそうなった場合、お互いに「妥協」というものを受け入れなければならなくなる。「妥協」は互いにとってできる限り小さい方がいい。大きければ大きいほど、そこからほころびが生まれやすいからだ。


 結局は初めての対面の瞬間にかかっているということだろう。人間関係において、第一印象はいついかなる時でも大切なことだ。 

 


  

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