第113話 口実


「それで? なんで俺がまた引き受けなきゃならないんだ?」

ルイがジルベルトに噛みついた。


「まあ、そう言うなよ、相棒。俺のおかげで最近店内トラブルも減ったろ? それの報酬ってことで、な、いいよな?」

ジルベルトが凄み、圧力をかける。


「う、くそ、仕方がない。分かったよ。で、なにをさせるつもりだ?」

「ルドには、の指導係をお願いする。もちろん、テクニックの指導もあるが、それより難客に対する対処法や、緊急時の対応術、護身術などの指導の方がメインだ」


 ジルベルトは常々思っていた。こういう場所で働く女性は基本的に無力だ。相手は客であるうえに有形無形の「力」を持つ男が多い。これに対して、女の子側はなにかと「弱い」立場の子が多い。大抵の場合、仕事を続けるために泣き寝入りをしている場合が非常に多いのだ。


「わたしにそこは任せなさい。女の子たちをもっと強くて美しく魅力的な子に育てて見せるわよ?」

ルドもやる気満々だ。


「あ~、もう。キールがらみだと、いろいろと背負うものが増えてくなぁ」

ルイはそう言ってため息をついた。が、実のところそれほど気分が悪いものでもない。

 これまでルイは人に頼られたことがほとんどなかった。

 店の主人、といえば聞こえはいいが、実のところはただ給料を配るだけの人だ。それすら、従業員がやってくれているので、ルイ自身はただ単純に「金庫番金の出し入れ」をしているに過ぎなかった。

 それが、ジルベルトが本格的に仕事を手伝うようになってからは、店内外で自分のできることが増えていっている。自分の役割が増えていくにつれて徐々にやりがいというものが実感できるようにもなってきていた。いままで、廊下ですれ違う従業員たちは、一礼して通り過ぎるだけだったのに、最近ではちゃんと挨拶をしてくれるようになっている。

 そんな些細なことだったが、自分の存在がちゃんと認められているようで、うれしく感じるところもあった。


「ははは、それだけおまえが成長してるってことだろ? 喜べ」


 そう言葉を投げられて、初めて気づいた。


(そうか、俺は成長しているのか――)


 ルイは溢れてくる充実感に笑みをこぼさずにはいられなかった。



******



「そうか――。追手を懐柔して仲間にしたか――。ふはは、つくづく面白い男だな、キール・ヴァイス。さらに興味がわいてきた。やはり、出会いに行かねばならんようだな――」


 ウォルデラン王国国家魔術院の執務室で、一人の男が高笑いを上げた。

 ゲラート・カイゼンブルグ。

 『火炎の魔術師』、ウォルデラン王国国家魔術院院長、そして、ニデリック・ヴァン・ヴュルストの実兄。


「わ、笑い事ではありません院長。こちらとしてはどうしたものか頭を痛めております」

対するはシルヴィオ・フィルスマイアー。『シュニマルダ』の頭目だ。


 追手をやったら、それが懐柔されて組織の一人がまた脱退したのだ。「ミイラ取りがミイラ」とはまさしくこのことだ。

 さすがにこのことが知れれば組織の威信がダメージを受ける可能性は否定できない。


「しかし、そのキール・ヴァイスとまともにやり合っても、倒せる魔術師はおそらく『シュニマルダ』の中にはおりません。もう私にはどうすればよいか――」


「案ずるな、そこは考えていないわけじゃない。俺も前からキール・ヴァイスには興味があったのだ。しかし、わざわざこちらから押しかけていく理由がなかっただけだ。これで、ある意味お膳立ては出来たってわけだ。これまで直接的なこちらに対する介入がなかったから動きが取りづらかったが、おかげでいい口実ができた――」


「と、いいますと?」


「今回キールは組織員の脱退を促している。これは明らかな介入行為だ。それを口実に面会し交渉を行う」


「交渉――ですか?」


「ああ、交渉だ。ニデリックはキールと協力関係を結んだという事だ。つまり、キールと敵対するという事は、あれを敵に回すという事でもある。なので、出来れば敵対したくはない。キールとの勝負についてはどうなるかわからんが、ニデリックとの勝負はそれこそ無傷では終わらないことが明白だからな。――となると、こちらにとっても「いい条件」を付けてキールと関係を保つ方法を考えねばならないだろう」


 ゲラートはいよいよ、世紀の魔術師と対面できることに武者震いを感じていた。



******



「そうですか。分かりました。ついにあの男が動くかもしれません。ネインリヒ君、キールとそのジルベルトという男と、ルドという女の監視を怠ってはなりません。あの男が動くとなれば、なにを仕掛けてくるかわかったものではありませんからね」


 ニデリックは、キールとジルベルト、その追手の女ルドの間で起きた出来事の詳細をネインリヒから報告されると、眉間にしわを寄せて、困った表情を作りながらそう答えた。


「はい、すでにそのように伝えております――」

ネインリヒもそこは抜かりない。


 さて、火炎の魔術師はどう出てくるか?

 キール・ヴァイスはどのように立ち向かうのか?


「院長、この件にもしキール・ヴァイスが国家魔術院に助力を求めてきた場合、どうなさるおつもりですか?」

ネインリヒの質問は核心を突いている。つまり、あの男と敵対するのかどうかという事だ。


「何が困るかと言われれば、それが一番困りますね。私もできればあの男と敵対したくはないですからね――。さあ、どうしましょうか。ちょっと、考えないといけませんね――」


 ニデリックの返答は珍しく明快なものではなかった。さすがに、一朝一夕にだせる答えではないのだろう。


「あ――、失礼いたしました。立ち入ったことをお聞きしたようです」

ネインリヒはすこし戸惑って謝意を示した。


「いえ、こちらこそ余計な心配をさせてしまったようですね。大丈夫ですよ。多分そうはならないでしょうから――」


 ニデリックの表情は少し柔らかく微笑んだが、やはり一抹の不安というものは拭い去れてはいないようだと、ネインリヒは感じていた。

 

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